第30話 光のレール、ふたたび夜へ
始まりの街での日々に温もりを覚えたカイ。
だがある晩、街へ青白い光が降り注ぎ、
彼は再び“夜”の気配を感じ取る――旅の次の扉が開こうとしていた。
日が傾き、始まりの街は柔らかな金色に染まっていた。
川辺の水面はゆるやかに揺れ、子どもたちの声は夕暮れの空に溶けていく。
カイは時計塔の下に立ち、胸ポケットの懐中時計をそっと取り出した。
針は静かに“今”を刻んでいる。
それは、彼がこの街に来てからずっと支えてくれた、新たな心の脈動だった。
「カイさん!」
後ろから声がした。
振り返ると、少年ハルが駆け寄ってくる。
日差しを浴びた髪が金色に光り、あの“冬の川”でユウが見せた笑顔の面影が揺れていた。
「今日も一緒に歩きませんか?」
「ああ、もちろん」
二人は街の外れまで続く小道を歩き出した。
白い花が咲き誇る丘、風の道。
どれもが穏やかで、まるで心の中にある“静かな地図”を歩いているようだった。
しかし――。
丘の上に差し掛かったとき、空に異変が起こった。
「……え?」
ハルが立ち止まった。
青白い光が、雲ひとつない空を裂くように走った。
その光はやがて一本の線となり、空の彼方へと伸びていく。
カイは息を呑んだ。
「……あれは、“レール”だ」
そう、あの夜に見た光のレール。
時刻なき鉄道が走る、夜と夢の境界の道だ。
だが違った。
今回は、夜ではない。
まだ夕暮れで、街の灯りもついていない。
“光”のレールが、昼と夜の狭間に現れている。
「カイさん。これ……呼んでるんですか?」
ハルの声は震えていたが、どこか期待にも似た響きがあった。
カイはゆっくりと頷いた。
懐中時計を開く。
すると――針が揺れ、音もなく止まった。
「……行け、ということか」
カイは苦笑した。
「僕の旅は、まだ終わってないらしい」
ハルは俯き、拳を握りしめた。
「じゃあ……カイさん、行ってしまうんですか?」
カイは膝をつき、ハルの目線に合わせた。
「行く。でもね、これは別れじゃない」
「でも、また夜に消えてしまうんでしょう?」
「違うよ」
カイはハルの肩を軽く抱いた。
「僕は夜には戻らない。
行く先は、きっと“次の朝”だ」
ハルはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は涙で揺れていたが、しっかりとカイを見つめていた。
「僕も……いつか行けますか?」
「行ける。風の道を覚えていれば必ず」
カイは微笑む。
「そしてその時は、僕が迎えに来る」
ハルは笑った。
「約束ですよ」
光のレールが風に揺れ、丘の上へ降りてくる。
その先には――夜の川原で見たあの列車。
白く、静かで、時間を超えたような存在が、再び彼を迎えに来ていた。
カイは懐中時計を胸に戻した。
「さあ、行こうか」
足を一歩踏み出した瞬間、風が強く吹いた。
ユウの声が一瞬、耳元に届いた気がした。
――「カイ、待ってたよ」
胸が熱くなる。
涙ではなく、懐かしさと、再会の気配によって。
列車の扉がゆっくりと開いた。
白い光があふれ、丘の草花が淡い色に染まる。
カイは振り返った。
ハルが手を振っている。
夕陽を受けた瞳は、世界のどこよりも明るかった。
「じゃあね、ハル。また朝に」
「はい――また朝に!」
カイは列車へ乗り込んだ。
扉が閉まり、光が強く輝く。
列車は音もなく動き出し、レールの上を滑るように走り始めた。
高い空の向こうへ――
新しい旅へ――
そして、まだ見ぬ“もうひとつの朝”へ。
カイの胸の懐中時計が、再び静かに動き出した。
その針が刻む音は、どこまでも優しく響いていた。
――トクン。
――トクン。
それは、未来へ向かう鼓動だった。
昼の空に現れた光のレールは、新たな旅の扉だった。
カイは再び列車に乗り、次の「朝」へ向かう。
始まりの街に残ったハルの笑顔が、その旅路を照らしていた。




