第25話 風灯りの丘、ふたりの約束
カイとハルは、街の外れにある「風灯りの丘」へ向かう。
そこは旅人が“もう一度歩き出す力”を受け取る場所。
二人の影は並び、ひとつの約束が生まれる。
街を出て、石畳の道から土の道に変わると、風が広がるように強くなった。
午後の光は柔らかく、遠くに見える丘の上には白い風車がゆっくりと回っている。
カイとハルは並んで歩きながら、互いにまだよく知らないはずなのに、どこかでずっと一緒にいたような感覚を覚えていた。
「ねえ、カイさん」
先を歩くハルが振り返った。
その瞳は、ユウの面影を宿しながらも、確かに“別の命の光”を宿している。
「“風灯りの丘”って、どんなところなんですか?」
「旅人が“新しい光”を受け取る丘だって聞いたよ」
カイは遠くに見える丘を指さした。
「風が灯りを運んでくるんだ。
風に祈った者、手紙を送った者、誰かを想った者……そんな人たちのところにね」
「風が灯りを運ぶ……」
ハルはその言葉を噛みしめるように繰り返した。
「じゃあ僕にも、何か届くかな」
カイは少し笑った。
「届くよ。きっとね」
風が二人の間を通り抜け、遠くの草原を揺らす。
丘の上に立つ風車は、空気の流れを受けてくるくると回り、影が地面に円を描いていた。
やがて丘の麓に着くと、小さな階段が続いているのが見えた。
階段の両脇には風見鈴が吊るされ、通る風に反応して高く澄んだ音を響かせていた。
チリン……チリン……
その音は、まるで記憶の奥に触れるようなやわらかい響きだった。
ハルは耳を傾けながら、ゆっくりと階段を登った。
カイも後ろをついていく。
「風の音って、不思議ですね」
ハルがぽつりと言った。
「耳で聞いてるのに、胸のほうが先に反応する感じがして」
「分かるよ」
カイは微笑んだ。
「僕もそうだった。
旅の最初の頃、風にユウの声を聞いたんだ」
ハルは驚いたように振り返った。
「本当に?」
「ああ。あの列車に乗ってから、風の中に彼の声が混じっていた。
“行けよ”とか“生きてるって感じがする”とかね」
ハルは静かに頷いた。
「……僕、まだ誰の声も聞いたことはないんです。
でも、なぜだろう。
カイさんといると、誰かが“見守ってくれている”気がして」
その言葉を聞いた瞬間、カイの胸にあたたかな痛みが走った。
風が吹き、二人を包み込むように流れた。
ユウの声が――ほんの一瞬だけ、聞こえた気がした。
――「ちゃんと繋がってるよ」
カイは空に目を向けたが、雲はゆっくり流れているだけだった。
階段を登り切ると、丘の頂上には大きな風車と、無数の“風灯り”が揺れていた。
風灯りとは、小さな透明な球体の中に温かな光が揺れている灯りで、
風に吹かれるとほのかに輝きが強くなり、淡い色が広がる。
赤、青、白、金――
どれもが優しく、息をしているようにきらめいていた。
「きれい……」
ハルは目を見開き、風灯りへ近づいた。
カイも横に並びながら、その光景を見つめた。
「この丘に来るとね、灯りが一つ増えるって言われているんだ」
「増える?」
「うん。旅を続ける人、祈る人、誰かを想う人。
そういう人がこの丘に来ると、風がその想いを受け取って、灯りを作るんだって」
ハルは自分の胸に手をあてた。
「じゃあ……僕の灯りも、もうすぐできるのかな」
その瞬間、風車が大きく回り、強い風が吹き上がった。
二人の服が揺れ、草が波のように揺れ、風灯りが一斉に光を増した。
その中に、ひとつだけ新しい光が生まれた。
淡い銀色の灯りだった。
揺れるたび、ユウの笑顔や“冬の川”の光を思わせる色へ変わる。
「これ……」
ハルが近づくと、その灯りは彼の胸の鼓動に合わせるように淡く脈打った。
「君の灯りだ」
カイが言った。
「君が、誰かを想ったからだよ」
「……誰かって、誰を?」
ハルが尋ねる。
その問いにすぐ答えることはできなかったが、カイは静かに微笑んだ。
「まだ言葉にできるほど整理できてないんだろうけど……
君は、もう誰かを“失わないように”って祈っているように見える」
ハルは灯りを見つめながら、小さく息をついた。
「たしかに……そんな気がします。
誰かのことを考えると胸が熱くなるんです。
理由はまだ分からないけど」
“風灯りの丘”を照らす光が、二人を優しく包み込む。
長い影が風に揺れ、灯りの色が地面に落ちて、不思議な模様を描いていく。
カイは丘の端に歩み寄り、街のほうを見下ろした。
夕暮れが近づき、青と金の境目がゆっくりと溶けはじめている。
ハルも隣に立った。
「カイさん」
「うん?」
「僕たち、これからどこに行くんですか?」
「決めるのは僕じゃないよ」
カイは懐中時計を取り出した。
その針はゆっくりと進み、今という時刻を静かに刻んでいる。
「この時計と、君の灯りと……そして風が決めるんだ」
ハルはうなずいた。
「じゃあ、僕……風を信じます」
風が二人を包んだ。
その風はあたたかく、どこか懐かしく、確かにどこかへ導こうとしていた。
――ユウの声が、また少しだけ聞こえた気がした。
「行こう、カイさん」
ハルが笑顔を見せる。
「二人で、風の行くほうへ」
「うん」
カイも笑った。
「君となら、どこへでも行ける」
その言葉を聞いた瞬間、風灯りが一斉に強く輝いた。
二人の影が重なり、丘の先へと続く細い道がやわらかな光で照らし出される。
風車が回った。
風灯りが歌った。
風が二人の背中を押した。
こうして――カイとハルは新しい旅へ歩き出した。
“時刻なき鉄道”から受け継いだ光を胸に抱いて。
風灯りの丘で生まれた新しい灯り。
それはユウからハルへ、そしてカイへと続く光の継承。
二人の旅は、風と祈りに導かれて次の章へ向かう。




