第24話 月影の野原、呼ばれる名前
眠らない森を抜けた先には、夜の名残をまとった静かな野原があった。
そこで聞こえた“名前”は、二人の行先を大きく揺らす。
森を抜けた途端、空気ががらりと変わった。
そこは昼なのに、どこか“夜の気配”が残っている野原だった。
風が冷たく、空は夕方のように色づいている。
ハルが首を傾げた。
「なんだか、ここだけ違う時間みたい。」
カイは頷いた。
「眠らない森を越えると、時間の境目に出るのかもしれない。」
野原の中心には小さな泉があり、空の色を写して濃い青色に揺れていた。
その周りには白い花が一面に咲いている。
まるで夜の星が地上に降りたようだった。
カイが歩み寄ると、風が吹いた。
その風は誰かの声を運んでいた。
――「カイ……」
カイの心臓が跳ねた。
「今……名前を呼ばれませんでしたか?」
ハルが驚いた顔で言う。
カイは泉の方へ走った。
声は確かに、あの夜の川原で聞いた声に似ていた。
記憶の奥に眠る、誰かの呼び声。
「ユウ……なのか?」
息を呑むと、泉の水面が光り、そこに影が映った。
それはカイのものではなかった。
「カイ……来てくれたんだね。」
水面に映っていたのは、ユウだった。
けれど、以前より柔らかい光をまとい、どこか遠い世界の住人のように見えた。
カイは震える声で叫んだ。
「ユウ! 本当に……?」
ユウは微笑んだ。
『ハルを頼むよ。あの子は……お前に託したかったものを、きっと見つける。
だから、お前は迷わず進め。』
ハルがそっとカイの袖を掴んだ。
「カイさん……僕……涙が……」
ユウの声は続いた。
『僕はもう“風”だから。
でも、お前たちのそばにはいつでもいるよ。
行け、カイ。新しい旅を。』
泉の光が消えた。
ユウの影も、風に溶けて消えた。
カイはその場に膝をつき、しばらく動けなかった。
ハルがそっと寄り添い、手を握った。
「ユウさん……僕にも、聞こえました。
だから僕……あなたと生きたいです。」
その言葉に、カイの胸が再び鼓動を打った。
「行こう、ハル。
ユウが見守っているなら、僕らはどこへでも行ける。」
野原の先に、新しい光の道が延びていた。
風がそっと二人を押した。
月影の野原は、静かに二人の旅立ちを見送っていた。
ユウの声が再び風に現れた。
それは別れではなく、二人への“祝福”だった。
カイとハルの旅は、さらに深い物語へ続く。




