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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第20話 陽だまりの手紙、風が運ぶ声

始まりの街で穏やかな日々を過ごすカイ。

ある朝、彼は“誰かに伝えたい言葉”を書き始める。

それは、過ぎ去った夜と、これからの朝を結ぶ手紙だった。

 街の朝は、今日も静かに始まった。

 鐘が鳴り、窓を開ければ白い光が差し込む。

 カイはテーブルに肘をつきながら、窓辺のノートを開いた。

 その表紙には《陽だまりの記録》と記されている。

 “旅人記録簿”の最終ページに自分の言葉を残してから、数日が経っていた。


 始まりの街では、時間が穏やかに流れる。

 誰も急がず、誰も競わない。

 朝はパン屋の香りで始まり、昼には子どもたちの笑い声が通りを満たす。

 夜が来る前に、街全体がオレンジ色に染まり、灯がともる。


 カイもこのリズムに慣れていた。

 けれど、心の奥にひとつだけ残っているものがある。

 ――伝えられなかった言葉。

 それを、今日こそ形にしようと決めていた。


 彼は机の引き出しから古びた封筒を取り出した。

 それは、列車に乗る前にユウがくれたものとよく似ている。

 「もしお前が迷ったら、手紙を書け。

  言葉は、時を越えるから。」

 そう言って笑っていたユウの顔が浮かぶ。


 カイは深く息を吸い、ペンを取った。

 そして、静かに書き始めた。


 《ユウへ》


 もうどれくらいの時が過ぎたのか、わからない。

 僕は列車に乗って、夜を越えて、朝の街にたどり着いた。

 ここでは時計が動いているけれど、不思議と焦りはない。

 時間が僕を追いかけるんじゃなくて、僕が時間を見送っている感じだ。


 あの夜、君が言った「生きてるって感じ」は、

 こういうことだったのかもしれない。

 痛みも、後悔も、優しさも、全部抱えたまま歩く。

 それが“生きている”ということなんだと思う。


 君がもういないこの世界で、僕はようやく呼吸を覚えた。

 でもね、君がいないとは、もう思っていないんだ。

 だって、風が吹くたびに、君の声が聞こえる。

 笑ってる。

 「行けよ」って、相変わらず背中を押す声で。


 ありがとう、ユウ。

 僕は、ちゃんと生きているよ。

 君の分までじゃなくて、君と一緒に。

 これからも、朝の光の中で――。


 《カイより》


 書き終えると、ペン先からしずくのようなインクが落ちた。

 封を閉じ、窓を開けると、風が部屋の中に流れ込んできた。

 手紙を風にかざすと、陽の光が紙を透かして揺れる。

 そこに、ユウの笑顔が重なった気がした。


 カイはそっと微笑み、呟いた。

 「頼んだよ、風の郵便屋さん」


 風がふわりと封筒をさらっていく。

 それは紙の鳥のように舞い上がり、街の上空を回りながら小さくなっていった。

 遠くの空で、鐘が鳴った。

 手紙が届く音のようにも聞こえた。


 カイはしばらく窓辺に立ち尽くしていた。

 そして、胸の奥に穏やかな熱が宿るのを感じた。

 それは悲しみではなく、やさしい“続き”の予感だった。


 その日の午後、カイは広場へ出た。

 時計塔の前には、旅人たちが集まっている。

 皆、風に手紙を託しに来ているようだった。

 老人、少女、夫婦、そしてひとりで来た者。

 誰もが風を信じ、言葉を送っていた。


 カイも空を見上げた。

 青が深く、どこまでも澄んでいる。

 その向こうで、白い列車の影が一瞬、雲の間を横切ったように見えた。

 “時刻なき鉄道”――あの光のレール。

 彼はそっと目を閉じた。


 列車の汽笛が、風の中から聞こえた気がした。

 それは、別れの音ではなかった。

 新しい旅立ちを祝福する音だった。


 「ユウ、届いたかな……」


 その問いに答えるように、柔らかな風が頬を撫でた。

 温かい。

 まるで、誰かがそっと触れたように。


 カイは微笑んだ。

 そして、朝の街を歩き出した。


 足元に落ちる影が、少しずつ長くなっていく。

 その影は二つに分かれ、やがて一つに重なった。

 まるで、どこかでユウと並んで歩いているようだった。


 風が再び吹く。

 空の高みに、白い封筒がきらりと光った。

 それが消えたとき、

 カイの胸の時計がひとつ、小さな音を刻んだ。


 トクン。


 その音は、確かに“いま”を指していた。

風に託した手紙は、過去への祈りであり、未来への約束でもあった。

“時刻なき鉄道”の旅は形を変え、今もカイの心の中を走り続けている。

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