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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第19話 新しい時刻、始まりの街

風の道を越えたカイが目を開けると、

そこには“始まりの街”があった。

すべてを越えたあとに訪れるのは、もう一度歩き出すための朝。

 ――まぶしい光の中で、カイはゆっくりと目を開けた。


 風が頬を撫で、草の香りが鼻をくすぐる。

 目の前に広がるのは、見知らぬ街だった。

 けれど、その空気の匂いも、遠くで鳴る鐘の音も、どこか懐かしい。


 「ここは……?」

 カイは身を起こし、周囲を見渡した。

 白い壁の家々、ゆるやかに流れる川、朝の光にきらめく橋。

 街の中央には時計塔が立っていた。

 だが、その盤面には針が――あった。


 正確に“今”を指している。


 「……僕の時刻、か」

 小さく呟いたその声に、遠くから子供たちの笑い声が重なった。

 通りを駆け抜ける風が彼の髪を揺らし、太陽が微笑むように光を落とした。


 歩き出すと、街の人々が穏やかに挨拶を交わしてくる。

 誰もが穏やかで、まるで長い旅を終えた者たちのような顔をしている。

 「おはようございます」

 「おはよう、旅人さん」


 言葉を交わすたびに、胸の奥が温かくなった。

 この街には、夜がない。

 ただ朝と昼と、やわらかな夕暮れが巡るだけ。


 カイは川辺へ向かった。

 そこには白いベンチがあり、その隣に一冊のノートが置かれていた。

 表紙には銀色の文字でこう書かれていた――

 《時刻なき鉄道 旅人記録簿》


 恐る恐る開くと、無数の名前が綴られている。

 どの名前の横にも短い言葉が書かれていた。

 「母に伝えたかった言葉」

 「許すために旅をした」

 「もう一度、朝を見たくて」


 カイはページをめくり、最後の行にペンを取った。

 そして、静かに書いた。


 ――カイ

 ――“生きて、また誰かを照らすために”


 書き終えると、不思議なことにページの端が光を帯びた。

 風が吹き、ノートが閉じる。

 まるで旅の一区切りを祝福するように、鐘の音が街に響いた。


 その音はどこかで聞いたことがあった。

 黎明の停留所で鳴った、あの“目覚めの鐘”だ。

 けれど今は、もっとやさしい。

 夜を越えた者たちのために鳴る、始まりの鐘。


 「おかえりなさい」

 振り返ると、川辺に少女が立っていた。

 白いスカーフを巻いた、あの“渡し守”の少女だった。


 「あなたの旅、見ていました」

 「……全部?」

 「ええ。時刻なき鉄道は、ただの列車じゃない。

  心が歩くための道。あなたはその全てを越えたのです」


 少女は微笑んで、手のひらを差し出した。

 そこには、小さな懐中時計があった。

 丸い銀の蓋には、あの鉄道の紋章が刻まれている。

 しかし、針は止まっていなかった。

 静かに――今の“時刻”を刻んでいた。


 「これが……僕の時計?」

 「ええ。あなたの生きる“時間”です。

  もう誰かに合わせなくていい。

  あなたが感じる瞬間が、そのまま時になるのです」


 カイは時計を見つめた。

 針の音は小さいが、確かに響いていた。

 トクン、トクン――まるで心臓の鼓動のように。


 「ありがとう。

  君のおかげで、僕は……ようやく目を覚ませた」

 少女は静かに首を振った。

 「目を覚ましたのは、あなた自身です。

  でも、もしまた迷ったら――夜の川原に行ってください。

  列車は、きっとあなたを迎えに来ます」


 その言葉を残して、少女の姿は風に溶けた。

 残されたのは懐中時計の音だけ。


 カイはベンチに座り、川の流れを眺めた。

 朝の光が水面に反射し、まるで星屑のようにきらめく。

 その光の中に、ユウの笑顔が浮かんでいる気がした。


 「ユウ。僕はもう、迷わないよ」


 懐中時計の針が、ゆっくりと動く。

 太陽が高く昇り、街の鐘が再び鳴った。

 ――それは、永遠の始まりを告げる音だった。


 カイは立ち上がり、深く息を吸った。

 白い風が吹く。

 どこまでも続く朝の空の下で、彼は歩き出した。


 “時刻なき鉄道”の旅は、終わりではない。

 それは、今日を生きるすべての人の心の中に、

 見えないレールとして続いている。

カイが見つけた“始まりの街”は、

夜を越えた者が再び歩き出す場所。

彼の胸で刻まれる新しい時刻が、光の物語の続章を告げていた。

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