表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/100

第18話 風の道、帰りゆく光

朝靄が晴れたあと、カイは再び歩き出す。

光に満ちた街の外れで、彼は風の道を見つける――

それは“帰ること”と“進むこと”の狭間に続く道だった。

 朝の街は、光で満たされていた。

 屋根の上では鳥が歌い、石畳を歩く足音が響く。

 パン屋から漂う香り、教会の鐘、どこかの家から流れるピアノの旋律。

 すべてが穏やかで、どれもが“生きている音”だった。


 カイはカフェを出て、街の外れへと歩き出した。

 空は高く、風が心地よい。

 ユウのために置いたカップがまだ湯気を立てている気がして、

 彼の心の中には、静かなあたたかさが広がっていた。


 ――列車の旅は終わったのか?

 ふとそんな問いが浮かぶ。

 けれど、答えは風が知っているように思えた。

 まだ何かが続いている。まだ見ぬ“帰り道”がある。


 やがて道の先に、広い丘が見えた。

 白い花々が咲き乱れ、風に揺れている。

 丘の上には小さな塔があり、その屋根には風見鶏が回っていた。

 風が吹くたびに、カランと鈴のような音を立てる。


 「……風の道、か」

 丘の入口に、木の標識が立っていた。

 そこにはこう書かれていた――

 “風の道を越えた者は、二つの世界を知る”


 カイはゆっくりと丘を登った。

 足元には、列車のレールのような影が差している。

 それは本物の鉄ではなく、風で描かれた道だった。

 空気が揺れ、光が線を引くように見える。


 「ここも……列車の続きなのかもしれないな」

 カイは小さく笑った。


 丘を登り切ると、そこには一面の光が広がっていた。

 遠くに見えるのは、朝の街、そしてその向こうに広がる白い雲海。

 雲の端には、あの“時刻なき鉄道”の線路が続いているようにも見えた。

 だが、それはもう夜の列車ではない。

 光のレールが空を渡り、どこまでも延びていた。


 そのとき、風が強く吹いた。

 前髪が揺れ、耳元に誰かの声が届いた。


 ――「行けよ、カイ」


 振り返ると、風の中にユウの姿が見えた。

 笑っている。

 あのときと同じ笑顔で、風の向こうから手を振っていた。


 「ユウ……!」

 思わず声が出た。

 だが、ユウは首を横に振った。


 ――「もういいんだ。僕は向こう側で待ってる。

   でも、お前はまだこっちにいる。

   生きるほうの道を、歩け」


 風が彼の言葉を運び、丘の上を通り過ぎていった。

 カイは拳を握りしめ、深く息を吸った。

 「分かった。もう逃げない」


 その瞬間、丘の上の風見鶏が光を放った。

 空に一本の道が現れる――光の橋だ。

 それは列車の軌跡のように、遠い空の彼方へと続いている。


 カイは足を踏み出した。

 光の橋の上を歩くと、足元が暖かく、空気が透き通っている。

 遠くで鳥が鳴き、雲の切れ間から金色の光が射し込む。


 「ユウ、僕、行くよ。

  君のいない世界じゃなくて――君の想いが生きている世界へ」


 光が包み込む。

 目を閉じると、列車の汽笛が遠くで鳴った。

 それは、あの夜の列車の音に似ていたが、

 どこか違っていた。優しく、前へ進めと告げる音。


 風が頬を撫でる。

 光が背中を押す。

 歩くたびに、心が軽くなっていく。


 やがて橋の終わりに、ひとつの扉が見えた。

 古びた木の扉。取っ手の上には、あの“時刻なき鉄道”の紋章が刻まれている。

 けれど、今回は針が描かれていた。

 それは――まさに今を指していた。


 「そうか……僕の“時”が始まるんだな」


 カイは扉を開けた。

 まぶしい光が溢れ出し、世界がひとつにつながる。

 朝の街、白い丘、列車の音、風の道。

 そのすべてが溶け合い、彼の胸の中でひとつになった。


 光の中から、誰かの声がした。

 「おかえり、カイ」


 それはユウの声にも似ていたが、もっと深く、

 彼の中の“生きる意思”そのものの声のようでもあった。


 カイは微笑んだ。

 「ただいま」


 そして、彼の世界は――やさしい風とともに、新しい時を刻み始めた。

風の道を越え、カイは“帰る”という言葉の本当の意味を知る。

それは過去へではなく、未来へと帰ること――

光の中で、彼の旅は静かに再び始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ