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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第15話 目覚めの鐘、揺らぐ朝

白い樹の丘を離れた列車は、朝の光をまとい走り出す。

けれど、まだ完全な「朝」は訪れない――その境に、鐘の音が響いた。

 列車が静かに揺れていた。

 窓の外は、夜と朝が混じり合う曖昧な色をしている。

 紫に金が溶け、雲が薄く千切れて漂っていた。

 カイは、ぼんやりとその景色を眺めながら、胸の奥の鼓動を感じていた。


 ――白い樹の丘での出来事は、夢ではなかった。

 ユウの言葉も、刻まれた文字も、確かにそこにあった。

 けれど、まだ何かが終わっていない気がする。

 列車は進み続けているのに、どこか遠くへ導かれているような感覚。


 「……眠り町へは、あとどれくらい?」

 小さく呟いた声に、返事をするように車内のスピーカーが鳴った。


 ――次は『黎明れいめいの停留所』。


 カイは息を呑んだ。

 黎明――夜明けの名を持つ駅。

 その響きだけで胸が高鳴る。


 やがて列車は速度を落とし、柔らかな光の中に溶け込むように止まった。

 ドアが開くと、朝靄の中から鐘の音が響いてきた。

 どこか懐かしい、心の奥を震わせる音。

 カイは導かれるようにホームへ降り立った。


 そこは、眠り町とはまったく違っていた。

 草原の向こうに、小さな礼拝堂が立っている。

 屋根は古びているが、窓からこぼれる光は温かかった。

 鐘楼の上で、ひとりの老人がゆっくりと綱を引いていた。


 「おや、来客かね」

 鐘の音が止み、老人が振り向く。

 白髪に深い皺、けれど瞳は驚くほど澄んでいる。


 「ここは……黎明の停留所、ですよね?」

 「そうとも。ここに来る者は、夜を越えてきた者だけだ」


 カイは頷いた。

 老人は微笑み、鐘楼の下を指差した。

 「この鐘はな、目覚めの合図なんじゃ。

  “まだ行ける者”を、再び現へ送り出す音だ」


 「うつつ……現実へ?」

 「そうだよ。眠り町は“忘れるため”の場所だが、

  黎明の停留所は“思い出した者”のための場所じゃ」


 老人はカイを礼拝堂の中へ招いた。

 中には長い木の椅子が並び、中央の祭壇に小さな灯がともっている。

 壁には絵が飾られていた。夜空を走る列車、光の川、そして白い樹。


 カイはその絵に見入った。

 「これ……」

 「“時刻なき鉄道”の記録じゃよ」

 老人は微笑んだ。

 「この列車に乗る者は、皆どこかで“失くしたもの”を探しておる。

  君はもう、見つけたのではないかね?」


 カイはゆっくりと頷いた。

 「……はい。ユウという友達です。

  もう、会えないと思ってたけど……彼はずっと僕の中にいた」


 老人は深く頷いた。

 「なら、もう夜は終わりじゃ」

 彼は立ち上がり、祭壇の脇にある鐘を鳴らした。

 低く、けれど柔らかい音が空気を震わせる。

 その音が胸に届くと同時に、カイの視界が揺れた。


 風が吹く。

 窓の外の光が強くなる。

 鐘の音が波のように押し寄せ、彼の全身を包み込む。


 ――ユウの笑顔が、ふと浮かんだ。

 白い川辺で手を振る彼の姿。

 「カイ、行けよ。まだ見ぬ朝へ」


 カイは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 その胸の奥に、確かな鼓動があった。

 それは痛みでも悲しみでもなく、“生きている証”そのもの。


 「ありがとう、ユウ。僕、もう大丈夫だ」


 光が満ち、礼拝堂の鐘が最後の音を響かせる。

 気づけば、カイは再び列車の座席に座っていた。

 窓の外には、完全な朝が広がっている。

 空は青く、雲は白く、遠くに小鳥の声が聞こえた。


 車掌がやって来て、静かに言った。

 「おめでとうございます。黎明を越えましたね」

 「……これで、終点ですか?」

「いえ、ここからが始まりです。

  あなたが決める新しい“時刻”の旅が」


 車掌は微笑み、帽子のつばを軽く上げた。

 列車の時計盤には、やはり針がなかった。

 けれど今、その盤の中央に、小さな光の粒が灯っていた。


 カイはその光を見つめ、静かに微笑んだ。

 ――時刻なき鉄道。

 けれど、彼の心には今、確かな“今”が刻まれている。

黎明の鐘が鳴り、カイは「夜」を越えた。

それは再出発の合図。

“時刻なき鉄道”の旅は、静かな朝を抱いて新たな章へ続いていく。

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