第13話 追憶の原、風が鳴く
列車がたどり着いたのは、果てしなく広がる原。
風が鳴き、記憶が揺れる場所で、カイは“もう一人の自分”に出会う。
列車が止まったとき、車窓の外は一面の草原だった。
青とも緑ともつかぬ色が風に揺れ、夜空の星々がその上で微かに震えている。
車掌の声が響いた。
「追憶の原――お降りの方は、足元にお気をつけください」
カイは立ち上がった。
あの霧の駅を出てから、どれほど時間が経ったのかも分からない。
けれど、胸の奥には確かな感情が残っていた。
――あの少年が言っていた“祈り”という言葉。
外に出ると、風が頬を撫でた。
その風は、ただの風ではなかった。
遠い声が混ざっていた。
笑い声、泣き声、ささやき。
過ぎ去った日々の断片が、風の中に漂っている。
「ここは……記憶の原なのか?」
自分の声さえ、少し響いて聞こえる。
足元の草が淡く光り、歩くたびに小さな光の粒が散った。
やがて、原の真ん中に一本の木が見えた。
枝も葉も少なく、白い幹が夜空の下に立っている。
その根元に、誰かが座っていた。
「……誰?」
カイが近づくと、相手が顔を上げた。
――それは、自分だった。
髪の長さも、目の色も、着ている服も同じ。
けれど、その表情だけが違った。
静かで、穏やかで、まるで全てを受け入れたような顔。
「ようやく来たね」
もう一人の“カイ”が言った。
「ずっと、ここで待ってたんだ」
「……僕を?」
「そう。君が逃げ続けていた“過去”を、僕が預かってた」
風が吹く。
その音の中に、ユウの声が混じった。
『生きてるって感じがするからさ』
カイの胸が熱くなった。
「……やめろよ」
「なぜ?」
「そんな言葉、聞きたくない。あの時、僕は何もできなかったんだ」
もう一人のカイは首を振った。
「違う。君は生き続けた。
それだけで、ユウとの約束を果たしてる」
「約束……?」
「覚えてないのか? あの日、彼は言ったろう。
“お前が生きていてくれたら、それでいい”って」
カイは目を閉じた。
その瞬間、原の風が強く吹いた。
まるで記憶そのものが形を持って押し寄せてくるように。
病室。
白いカーテンが風に揺れる。
ユウが微笑んでいる。
「カイ、俺さ、怖いんだよ。でも、お前がいてくれたから……大丈夫だった」
記憶が溶けて、風に散る。
カイは息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
頬を伝う涙が冷たい草の上に落ちる。
「……僕、ずっと怖かったんだ。
置いていかれるのが、もう誰かを失うのが」
「だから君は、“眠り町”に向かった。
でも、そこに行っても眠れないよ。
君はまだ、祈ってるから」
もう一人のカイは立ち上がり、手を差し出した。
「さあ、戻るんだ。列車は君を待ってる」
「でも、君は……?」
「僕はここに残る。君の痛みと共に。
それが僕の役目だから」
風が再び吹き、原が銀色に輝いた。
カイはもう一人の自分の手を握り、そして放した。
「ありがとう」
「行け。君の夜は、まだ終わっていない」
列車の汽笛が遠くで鳴る。
カイはその音の方へ歩き出した。
夜空に流れる星々が、まるで道標のように瞬いている。
振り返ると、もう一人の自分は消えていた。
ただ、白い木が淡く光っていた。
その幹には、ふたりの名前が刻まれていた。
――カイ
――ユウ
カイは微笑んだ。
そして列車へと戻り、再びその座席に身を沈めた。
今度は、眠気ではなく静かな安堵が体を包んでいく。
窓の外、追憶の原が遠ざかっていく。
その中心で、風が確かに鳴いていた。
まるで「ありがとう」と言っているように。
追憶の原で出会った“もう一人の自分”。
それは痛みの化身であり、同時に希望の種でもあった。
カイの旅は、ついに“和解”の扉を開こうとしている。




