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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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第12話 霧の駅、呼ぶ声

列車が初めて減速した夜。

霧の向こうに現れたのは、名も知らぬ小駅――。

そこでカイは、誰かの「声」を聞く。

 列車の揺れが、ふいに弱まった。

 金属のきしむ音が遠ざかり、代わりに霧のような静けさが車内を満たす。

 カイは目を開けた。窓の外は真っ白で、世界そのものが溶けたように見えた。


 「……止まったのか?」

 彼は立ち上がり、扉へと歩み寄った。

 金属の取っ手を引くと、ひやりと冷たい空気が指先を撫でる。

 霧の中から、どこか遠くで鐘の音が響いた。


 ――カラン、カラン……。


 列車の外に出ると、そこは小さなホームだった。

 木造の駅舎。

 柱にぶら下がるランプが、ぼんやりと淡い光を放っている。

 駅名標が風に揺れていたが、文字は滲んで読めなかった。


 「誰か……いますか?」

 返事はない。

 霧が深く、足元さえおぼつかない。

 だが、確かに誰かの気配があった。


 カイは一歩、また一歩と進む。

 霧の中に影が揺れた。

 小さな人影――いや、子供のようだった。


 「ねえ、君……」

 カイが声をかけると、子供は振り返った。

 その顔は、どこか懐かしい。

 けれど、それはユウではなかった。もっと幼く、あどけない顔。


 「お兄ちゃん、この駅、行き先わかる?」

 小さな声が霧の中で響く。

 「僕も、どこから来たか思い出せないんだ」


 カイは少し考えた。

 「眠り町に行く列車に乗ってきた。けど……」

 「眠り町? あそこは、まだ遠いよ」

 「知ってるのか?」

 「うん。僕は、あそこから来たんだ」


 少年はにこりと笑った。

 その笑顔は、まるで過去の自分を映した鏡のようだった。


 「眠り町はね、眠れない人たちが行く場所なんだ。

  でも本当は、眠りたくない人の町なんだよ」


 カイは言葉を失った。

 「眠りたくない……?」

 「うん。忘れたくない人。置いていけない人。そういう人が集まるの」


 風が吹いた。霧が少しだけ晴れ、ホームの先に小川のような光が見えた。

 そこに、白い百合の花が流れていた。


 「きれいだな」

 「でしょ? あれは祈りの花。

  誰かが誰かを想うと、こうして流れてくるんだ」


 少年は光の川を見つめたまま、小さく呟いた。

 「お兄ちゃんも、誰かに祈ってるの?」


 その言葉に、カイの胸が痛んだ。

 彼の頭の中に、あの日の病室が浮かぶ。

 笑って、そして眠るように息を引き取ったユウ。


 「……うん。友達に。

  もう一度、話がしたいんだ」


 少年は微笑んだ。

 「なら、まだ行けるね。

  祈る人は、旅を続けられるんだよ」


 その瞬間、列車の汽笛が鳴った。

 霧の奥から光が差し、ホームの端が金色に輝きはじめる。


 「そろそろ行かなくちゃ」

 少年が言う。

 「僕、もう戻るんだ。眠り町に。

  でも、お兄ちゃんが来るのは、もう少し先でいい」


 カイは息を呑んだ。

 「君……まさか……」


 少年は振り向かず、霧の中へと消えていった。

 小さな背中が光に溶け、跡形もなく消える。


 カイの手には、一輪の百合の花が残されていた。

 どこからともなく香るその匂いが、心の奥をくすぐる。


 列車の汽笛が再び鳴る。

 車掌の声が響いた。

 「出発します――次は、“追憶の原”」


 カイは振り返り、列車へと戻る。

 霧の中で、ほんの一瞬、ユウの笑い声が聞こえたような気がした。


 そして、列車は再び走り出した。

 光の川を横切り、夜の向こうへと。


 車窓に映る自分の顔が、少しだけ変わって見えた。

 もう、完全な「迷子」ではない。

 何かを取り戻しつつある――そんな確かな感覚が胸に灯っていた。

霧の駅で出会った少年は、過去の象徴か、それとも未来の導き手か。

カイは“祈り”という言葉の重さを、初めて理解し始めていた。

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