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夜の川原に降りてくる列車  作者: たむ


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100/100

第100話 時刻のない空へ、光の終着点

長い旅の終わりに、カイはもう一度あの場所へ向かう。

夜の川原――列車が始まり、心が再び動き出した場所。

そこで迎える結末は、別れでも終わりでもなく、新しい“時刻”の誕生だった。

 夕暮れの風が、カイの頬を静かに撫でていた。

 始まりの街から歩き続け、もう日が沈もうとしている。

 空は紫を帯び、雲が金色に縁取られていた。

 その美しさは旅の途中で幾度も見た光景に似ているが、今はなぜかもっと深く胸に染み込んだ。


 ――夜の川原。


 その名前を、カイは久しぶりに口にした。

 あの列車が降り立った場所。

 ユウと最後に笑った記憶があり、そして自分の孤独を抱えて歩きはじめた場所。

 世界の始まりのようであり、終わりのようでもあった場所。


 川原に着くと、風が静まり、空気が変わった。

 鳥の声も遠ざかり、川のせせらぎだけが響いている。

 水面は夕陽を映し、赤と金の光が揺れながら流れていく。


 カイは石の上に腰を下ろした。

 川の匂い。

 冷たい風。

 ここへ来たのは、旅の始まりから数えて、どれほどの時が流れただろう。


 「ユウ……」


 懐中時計を取り出した。

 鉄道の紋章が刻まれた銀色の時計。

 針は確かに“今”を刻んでいる。

 もう止まることはない。


 そのとき――


 風が川の上を走り、光の粒がふわりと浮き上がった。

 白い百合の花びらが風に乗って舞い、カイの周りをくるくると巡る。


 まるで誰かが笑っているかのように。


 「……来たのか?」


 声に出すと、花びらは一度大きく舞い上がり、やがてひとつの“影”へと形を変えた。

 輪郭が揺れ、光が散り――

 そこに立っていたのは、旅の途中で出会った“少年”ではなかった。


 ユウだった。


 三年前と変わらない笑顔。

 冬の川で笑っていた、あの日のままの姿。

 けれどその瞳には、どこか大人びた穏やかさが宿っている。


 「カイ」


 その声が響いた瞬間、胸の奥が熱くなった。


 「ユウ……本当に、君なのか?」


 ユウは頷き、川の方を見つめた。

 「ずっと見てたよ。

  列車に乗った時も、霧の駅で迷ってた時も。

  白い樹の前で泣いてた時も、全部」


 カイは笑い、そして泣いた。

 「……どうかしてるよ、お前。ずっと見てたなんて」


 「うん。でも、それが僕の役目だったからね」


 ユウは空を見上げた。

 紫に染まる空の中で、星がひとつ瞬いた。


 「この夜が終われば、僕は本当に行くよ。

  でも、それは悲しいことじゃない。

  君が“生きてるって感じ”を思い出してくれたから」


 カイは懐中時計を握りしめた。

 「君が……背中を押してくれたからだよ。

  僕はもう迷わない。

  光のレールは、僕自身の中にあるって分かったから」


 川の水音が優しく響く。

 ユウは微笑んだ。


 「それでいい。

  カイ、君はずっと“時刻なき鉄道”の乗客だったけど、

  もうここからは“運転士”なんだ」


 「運転士?」


 ユウはゆっくりと歩き出し、川原に伸びた影を指差した。

 カイの影は太く、揺れず、まっすぐ伸びている。

 それは迷いのない足跡そのものだった。


 「これからの時間は、全部君が決めるんだよ。

  誰かのためじゃなく、自分が生きたいと思う形で」


 風が吹いた。

 川の向こう岸に、小さな光の筋が現れた。

 それはまるでレールのように、夜空へ向かって伸びていく。


 「そろそろ行かなきゃ」


 ユウはカイの肩に手を置いた。

 その温もりは確かで、優しかった。


 「ありがとう、ユウ。

  君のおかげで、僕は――」


 言葉に詰まる。

 ユウは笑った。


 「うん。分かってるよ」


 光のレールが輝きを増す。

 ユウの身体が少しずつ透け、光と同化しはじめた。


 「また会える?」

 カイは問う。


 ユウは少しだけ目を細め、真っ直ぐ答えた。


 「生きていれば、いつだって会えるよ。

  それが“祈り”ってものだから」


 最後の光がユウを包み込み――

 彼は川の上に浮かぶ光のレールを歩き出した。


 「さよならじゃないよ、カイ。

  ――いってらっしゃい」


 カイは涙を拭い、静かに笑った。


 「……行ってきます」


 光が夜空へ登り、星の間へと溶けていった。

 残された川原に、ユウの声がやわらかく響いた気がした。


 懐中時計が小さく鳴った。

 “今”を刻む音。


 カイは立ち上がり、空を見上げた。

 星々は彼を祝福するように瞬いている。


 「さあ、帰ろう。僕の時刻の世界へ」


 風が背中を押した。

 彼は川原を離れ、朝へと向かって歩き出した。


 “時刻なき鉄道”の旅は終わった。

 しかし――

 カイの生きる旅は、今まさに始まったばかりだった。

旅は終わり、新しい時刻が生まれた。

カイはもう夜に迷わない。

ユウの声とともに、彼はこれからも“今”を生き続ける――

光のレールは、その胸の中にずっと続いている。

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