第10話 風の灯りが映した影
風灯台の頂上で、風の灯りが形づくった“姿”。それはぼくが長く会いたいと願ってきた影に近づいていた。祈りはついに、正面からぼくを揺さぶりはじめる。
灯台の頂上へたどり着いた瞬間、世界が一段階明るくなったように感じた。
天井のない空間。
風の源となる光が、ゆっくりと渦を巻いて天へ伸びている。
炎ではない。
光そのものが、風のように揺れながら回転している。
その中心で、ひとつの輪郭が形を取りつつあった。
ぼくの胸元の切符が淡く光り、まるで灯りに呼応するように脈打つ。
「……ハル」
気づけば名前が漏れていた。
灯りはその声に反応するように揺れ、輪郭が急に濃くなる。
白い光が人の形をつくり始めた。
髪の長さ、背丈、肩の線──どれも、ぼくが知っている“あいつ”に似ている。
「ハル……なのか……?」
近づこうとして、足が止まった。
理由はわからない。
ただ、胸の奥から“怖い”という気持ちが湧き上がる。
会いたくてたまらなかったのに、今この瞬間、ぼくは震えていた。
光がゆっくりと明滅し、“その影”が口を開いた。
風の音と混じりながら、かすかな声が届く。
「……りゅ……う……せい」
「っ……!」
ハルの声だ。
病室の小さな声。
最後に聞いた、あの苦しげな、でも優しい声。
ぼくはたまらず前に進んだ。
「ハル……! おまえ、本当に……!」
けれど、次の瞬間。
風が強まり、灯りの姿がぐらりと揺れた。
「ちが……う」
その声が、微かに聞こえた。
ハルの声のようで、ハルではない。
ぼくの祈りから生まれた“何か”の声。
「ぼく……は……」
光の輪郭が崩れ、形が細かくゆらめく。
「ぼく……は……ハ……ル……じゃ……」
「え……?」
言葉が届いた瞬間、風の流れが一変した。
光の姿が大きく歪み、ぼくは思わず一歩下がった。
灯台の外から、車掌の声が響いた。
「流星様!」
振り向くと、車掌が階段の入口に立っていた。
ランタンの灯りが大きく揺れている。
「それは……祈りの“影”でございます!」
「影……?」
「はい! 祈りが強すぎると、願いの“理想像”が勝手に形を作ってしまうことがあるのです!」
車掌は急いで頂上へ近づいてくる。
「“会いたい”という祈りが強すぎると、“似ている何か”が生まれてしまうことがある!
本物の魂とは違い、これは祈りの反射!
未完成な記憶の混ざった形!」
ぼくは揺れる光の姿を見つめた。
さっきまでハルそのものに見えた“それ”は、今では不安定に揺れる影となっていた。
「……じゃあ……ハルは?」
声が震えた。
影の風灯りが、ふっと一瞬だけ本当のハルの表情に近づいた。
「……りゅ……せい……」
胸が裂けそうなほど痛くなる。
会いたかった。
ずっと会いたかった。
「違います!」
車掌が強い声で叫んだ。
「流星様!
あなたは“会いたい”という祈りを、まだ恐れています。
その歪みが“偽りの姿”を作ったのです!」
「偽り……?」
「はい。
本当の答えへ向かうには、この影を……“手放さなければならない”!」
手放す。
それはつまり、目の前の“ハルのような何か”を消さなければならないということだ。
ぼくは崩れそうな光の輪郭に手を伸ばした。
「……嫌だよ……そんなの」
「流星様……」
「だって……だって、会いたかったんだ。
やっと……やっと近くに来てくれたのに……!」
光の影が、ゆらりと揺れ、ぼくに近づこうとする。
その形が、ほんの一瞬、はっきりとハルの顔に見えた。
「……りゅう……せ……い……」
「ハル……!」
ぼくは手を伸ばした。
けれど、指先は光を掴めなかった。
風がすり抜け、ぼくの手は空を切る。
「流星様!」
車掌の叫びが響いた。
「それは、あなたの“願いそのもの”ではありません!
祈りは真実を呼ぶためのもので、幻を掴むためのものではない!」
「でも……!」
「幻に触れれば、祈りは崩れます!」
風の灯りが大きく揺れ、影の姿が不安定に暴れ始めた。
灯台全体が震え、石壁がきしむ。
ぼくは立ち尽くした。
手を伸ばせば消える。
離れれば遠ざかる。
ぼくは何を選べばいいのか。
そのとき。
影がぼくの胸元──切符の光に反応して、ゆっくりと言葉をつぶやいた。
「……りゅ……うせ……
い……まって……る……よ」
ぼくは息を呑んだ。
「待ってる……?」
影はぼくに背を向け、風へ溶けるように揺れ始めた。
「りゅ……う……せい……
ねむ……り……まち……で……」
「眠り町……?」
影は光の粒となって崩れ、風の灯りへ吸い込まれていった。
残されたのは、風と光の渦だけだった。
車掌がゆっくりと近づいてきた。
「流星様……」
「……今のは……」
「“予兆”でございます」
「よ……ちょう……?」
「はい。
祈りが深まり、ついに“本物の魂”が眠り町であなたを待つ準備を始めたのです」
ぼくは震える息を整えながら、灯台の中心を見つめた。
「……ハル……待ってるのか」
「ええ。
流星様の祈りが“真実”を呼び出し始めています。
もう間もなく……眠り町にて、あなたは“本当の答え”と向き合うことになります」
ぼくは切符を握りしめた。
手が震えていた。
でも、はっきりとわかった。
幻を掴むんじゃない。
本当の答えに会いに行く。
ぼくは小さくつぶやいた。
「……待ってて。必ず行くから」
灯台の風がやさしく吹き、ぼくの言葉をさらっていった。
風灯台の“偽りの姿”は、流星の祈りの歪み。だがその奥に“本物のハル”の気配が現れた。次回はいよいよ、眠り町への最終区間へ。祈りの核心へ向かう旅が続きます。




