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神代の亡霊と黒い月

その晩、戦の跡地に残った者は数えるほどしかいなかった。


破壊された大地、ひび割れた空。

祝福の騎士ユーベルトが敗れたことで、聖騎士団は一時撤退。

だが、それは嵐の前の静けさでしかない――誰もが、それを肌で感じていた。


焚き火を囲む、ロイたち。


その前に座っているのは、“伝説の剣士”を自称する青年、エファト・ストライヴ。


年若く見えるが、その瞳は千年の時を見つめてきた深さを湛えていた。


「……つまり、あんたは神代の時代から生きてるってことか?」


ロイが問いかけると、エファトは頷いた。


「うん。少し長生きしすぎてるだけさ。正直、疲れてるくらいだよ」


「軽く言うなよ……」


隣のレナがぼそっと呟く。だが、彼女の瞳もまた、エファトの放つ“異質さ”に釘付けだった。



「この時代……祝福と呪いが“対立するもの”として扱われているだろ?」


エファトは、焚き火の火を見つめながら語り出す。


「でもな――もともと、祝福も呪いも、“同じもの”だったんだよ」


「……同じ?」


「正確に言えば、“人の魂に宿る力”だ。神代の時代――人間の力が暴走して、世界を壊しかけたことがある。強い感情に反応して、祝福は祝福になり、呪いは呪いとなった」


「感情……」


「“願い”だよ、ロイ。

自分を強くしたい、愛する者を守りたい、誰かを呪いたい……

それらすべてが“力”となった。

でも、それを危険と判断した神々が、“祝福”だけを残して、“呪い”を封じた。

そうして歴史を塗り替えた。都合のいい真実にね」



静寂が落ちた。


風の音。焚き火のぱちぱちという音。


レナが口を開く。


「じゃあ……ロイの“呪装適応カースリンク”は、封じられた力を解放してるってこと?」


「その通り。いや――むしろ、君の中にある“呪い”は、千年前の戦で封じられなかった“欠片”だろう」


「……!」


「偶然のようで、必然。お前が“呪いしか与えられなかった”のは、神代の残り火を抱えていたからだ」


ロイは目を伏せた。

あまりに大きな話だった。

呪いしか持てなかった自分。

選ばれなかったはずの自分が、神代の“遺志”を継いでいた……?


「今のままじゃ、祝福に飲まれるぞ」


エファトが言った。


「ユーベルトの奥にいる“主柱の騎士”――あれはもう、“人”じゃない。祝福そのものに魂を喰われてる。次に来るのは、祝福の暴走だ」


「……それを止めるために、来てくれたのか?」


「まあ、半分はそう。半分は……俺の後始末さ」


「後始末?」


ロイが問いかけたその時――


空が、赤黒く染まった。


「っ……なんだ……?」


レナが身構えた。


「来るぞ」


エファトが立ち上がる。


空に、黒い月が浮かんでいた。



「……あれは、“黒月こくげつ”」


エファトが低く言った。


「祝福の源にして、呪いの母体。神代の終末に現れた存在だ」


「なぜ今……?」


ロイが震える空を見上げる。


「それが目覚めるってことは……」


「――世界が“均衡を失った”ってことだよ」


エファトが剣を抜いた。


その剣は、まるで鉄くずのような見た目だったが、ひと目でわかる。


――絶対に、壊れない。


「この先は、お前の“呪い”が鍵になる。

ロイ――呪いの意味を、問い直すんだ。

俺も少しだけ手を貸す。神代の亡霊としてな」


ロイは、拳を握った。


「……わかった」


呪いは負の力ではない。

祝福に抗う、“もうひとつの人の力”。


そうであるなら――この呪いで、世界の理を壊してやる。



そして、黒月がもたらす災厄が、ゆっくりと地に落ち始める。


神々の時代の“贖罪”が、再び幕を開けようとしていた。

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