神代の亡霊と黒い月
その晩、戦の跡地に残った者は数えるほどしかいなかった。
破壊された大地、ひび割れた空。
祝福の騎士ユーベルトが敗れたことで、聖騎士団は一時撤退。
だが、それは嵐の前の静けさでしかない――誰もが、それを肌で感じていた。
焚き火を囲む、ロイたち。
その前に座っているのは、“伝説の剣士”を自称する青年、エファト・ストライヴ。
年若く見えるが、その瞳は千年の時を見つめてきた深さを湛えていた。
「……つまり、あんたは神代の時代から生きてるってことか?」
ロイが問いかけると、エファトは頷いた。
「うん。少し長生きしすぎてるだけさ。正直、疲れてるくらいだよ」
「軽く言うなよ……」
隣のレナがぼそっと呟く。だが、彼女の瞳もまた、エファトの放つ“異質さ”に釘付けだった。
◆
「この時代……祝福と呪いが“対立するもの”として扱われているだろ?」
エファトは、焚き火の火を見つめながら語り出す。
「でもな――もともと、祝福も呪いも、“同じもの”だったんだよ」
「……同じ?」
「正確に言えば、“人の魂に宿る力”だ。神代の時代――人間の力が暴走して、世界を壊しかけたことがある。強い感情に反応して、祝福は祝福になり、呪いは呪いとなった」
「感情……」
「“願い”だよ、ロイ。
自分を強くしたい、愛する者を守りたい、誰かを呪いたい……
それらすべてが“力”となった。
でも、それを危険と判断した神々が、“祝福”だけを残して、“呪い”を封じた。
そうして歴史を塗り替えた。都合のいい真実にね」
◆
静寂が落ちた。
風の音。焚き火のぱちぱちという音。
レナが口を開く。
「じゃあ……ロイの“呪装適応”は、封じられた力を解放してるってこと?」
「その通り。いや――むしろ、君の中にある“呪い”は、千年前の戦で封じられなかった“欠片”だろう」
「……!」
「偶然のようで、必然。お前が“呪いしか与えられなかった”のは、神代の残り火を抱えていたからだ」
ロイは目を伏せた。
あまりに大きな話だった。
呪いしか持てなかった自分。
選ばれなかったはずの自分が、神代の“遺志”を継いでいた……?
「今のままじゃ、祝福に飲まれるぞ」
エファトが言った。
「ユーベルトの奥にいる“主柱の騎士”――あれはもう、“人”じゃない。祝福そのものに魂を喰われてる。次に来るのは、祝福の暴走だ」
「……それを止めるために、来てくれたのか?」
「まあ、半分はそう。半分は……俺の後始末さ」
「後始末?」
ロイが問いかけたその時――
空が、赤黒く染まった。
「っ……なんだ……?」
レナが身構えた。
「来るぞ」
エファトが立ち上がる。
空に、黒い月が浮かんでいた。
◆
「……あれは、“黒月”」
エファトが低く言った。
「祝福の源にして、呪いの母体。神代の終末に現れた存在だ」
「なぜ今……?」
ロイが震える空を見上げる。
「それが目覚めるってことは……」
「――世界が“均衡を失った”ってことだよ」
エファトが剣を抜いた。
その剣は、まるで鉄くずのような見た目だったが、ひと目でわかる。
――絶対に、壊れない。
「この先は、お前の“呪い”が鍵になる。
ロイ――呪いの意味を、問い直すんだ。
俺も少しだけ手を貸す。神代の亡霊としてな」
ロイは、拳を握った。
「……わかった」
呪いは負の力ではない。
祝福に抗う、“もうひとつの人の力”。
そうであるなら――この呪いで、世界の理を壊してやる。
◆
そして、黒月がもたらす災厄が、ゆっくりと地に落ち始める。
神々の時代の“贖罪”が、再び幕を開けようとしていた。




