第一席、降臨
夜が明ける頃――ロイたちは審問区画の外縁に到達していた。
そこは、かつて祝福の頂点を決める“叙位の儀”が執り行われていた地。
今や封鎖され、選ばれし者のみが足を踏み入れる“禁域”となっていた。
「ここが……“聖審堂”……」
灰色の石造りの回廊が延々と続き、上空には巨大な神殿が浮かんでいる。
それは、まるで天上から人々を裁くかのような威圧感を放っていた。
「妙だな……警備がいない」
レナが警戒の声を漏らす。
周囲は不自然なまでに静かだった。
「いや……違う。いる」
ロイが呟く。
「俺たちを“見逃してる”んだ。通せ、って顔してる。――来い、ってな」
それは罠だ。誰の目にも明らかだった。
だが、ロイは迷わず一歩を踏み出した。
「行くぞ。――祝福の中枢に、蹴りを入れてやる」
仲間たちもまた、その背を黙って追った。
◆
審堂の最奥。
神殿の中央広間にて、彼は待っていた。
「ようこそ、“呪われし者たち”よ」
白銀の鎧を身に纏い、背に光翼を携えた男。
その顔に、微笑の仮面を貼り付けたような冷徹さを湛える。
第一席・ハインリヒ・ザルバート。
かつて七英雄の一角として“神より選ばれし祝福”を振るった最強の聖騎士である。
「これが……第一席」
レナが息を呑んだ。
“圧”が違う。
その場に立つだけで、心臓が凍るような圧倒的存在感。
まるで神に対峙しているかのような錯覚すら覚える。
だが、ロイの目は微塵も揺れていなかった。
「……お前が、“祝福の秩序”の守り手か」
「守り手……? いや、私はただ、必要な淘汰を実行する者だ。
――呪いとは、世界を蝕む病。貴様は、その発生源である」
ハインリヒの声は澄んでいた。
一切の怒りも侮蔑もない。ただ、静かに“断罪”の意志だけが込められている。
「貴様は、自らの存在が“間違い”であると知るがいい」
彼が一歩踏み出すと同時に、空間が震えた。
天井の光が集まり、彼の背に巨大な剣の形をした祝福が現れる。
それはまさしく、“神の裁断”を象徴する神器だった。
◆
「やばい……あれは、祝福の極致……!」
レナがそう言った瞬間、ロイが叫ぶ。
「散れ! まともに食らったら全滅だ!」
次の瞬間、光の剣が振り下ろされた。
ズン、と空気が押しつぶされ、空間そのものが歪む。
ロイはギリギリで跳躍し、呪装を展開――
「カースリンク・完全展開!」
全身を覆う呪いの装甲が、赤黒い瘴気をまき散らしながら形成される。
――が、それでも受け止めきれない。
「ぐっ……くそ、これが……第一席……っ」
祝福の絶対値が違いすぎる。
力、速度、精度、そのすべてが常軌を逸していた。
「この世界において、“祝福”は絶対だ。呪いの者よ。貴様の存在は……」
ハインリヒが次の一撃を振り上げた――その時だった。
キン――と甲高い金属音が響いた。
光の刃が、空中で“斬られた”。
「…………?」
ハインリヒの目が細められる。
「……誰だ?」
「いや、驚いた。今の攻撃を“祝福”と呼ぶか?」
その声に、ロイたちはハッと顔を上げた。
神殿の柱の上に、立っていた。
白銀の髪を風になびかせ、古びた鉄剣を肩に担いだ青年――エファト・ストライヴ。
「貴様……まさか……“不老剣”……?」
「残ってるんだよ、まだな。俺みたいなのが。お前らの美談の裏で、何千年も剣だけ振るってきた化け物が」
エファトは軽く地に降り立った。
その動きに、一片の無駄もない。
「この戦いに興味はねえ。だがな――」
不老剣が、ぴたりとハインリヒの額へと向けられる。
「“こいつら”の前で、神を騙っていい気になってんのが……どうにも我慢ならねえ」
その瞬間、空気が完全に変わった。
ロイが感じる。
――この人は、俺より強い。
だが、不思議と、怖くなかった。
むしろ、背中を預けたくなるような、そんな“確かな剣気”があった。
「ロイ。お前は進め。俺がこいつを抑える」
「……なぜ?」
「お前の剣に、似てたからな。かつての“あいつ”の」
意味深な言葉を残し、エファトは前へと出る。
「ハインリヒ。七英雄の残り香がどうした。千年分の剣、見せてやるよ」
――神殺しの剣と、神の剣。
祝福の原罪に触れる戦いが、ここに始まろうとしていた。




