魔視の審判
「――“識断視界”」
その声と共に、空間が染まる。
まるで全世界が“紙”になり、そこにすべての情報が書き込まれているかのような感覚。
(な、なんだ……!? 頭が、やばい……)
ロイの脳内に、凄まじい情報の奔流が押し寄せる。
それは“視る”のではなく、“全てを読み取られる”ような感覚だった。
「この能力は、“真実”を強制的に視せる。お前の過去も、未来すらもな」
サイファの瞳が、白銀に輝く。
その視線の先で、ロイの記憶が、勝手に再生され始めた。
◆
「……兄ちゃん、なんで“祝福”もらえなかったの?」
まだ幼い頃の妹の声。
「おれは……選ばれなかっただけだよ。大丈夫、呪いでも生きていけるから」
そう言って笑った、自分の顔。
あの頃の悔しさ。屈辱。涙。怒り。――そして、誓い。
◆
「やめろっ……!! 勝手に……見んなっ!!」
ロイが叫ぶ。が、視界は強制的に広がる。
次は――母親の死。
呪い持ちとわかった瞬間、診察を拒まれ、救えなかった現実。
次は――唯一の親友の裏切り。
「ごめん、俺もうロイと一緒にいられない。怖いんだ、呪いって……」
次は――町の大人たちの罵声。
「呪われた子は、呪われたまま腐るだけだ。さっさとどこか行け!」
◆
「……お前の人生は、呪いによって否定され続けてきた」
サイファの言葉は、まるで裁判官の宣告のようだった。
「だからお前は、逆に呪いを武器にしようとした。
だがそれは、“弱者の逆恨み”に過ぎない。正義ではない。理でもない」
「…………」
ロイは、静かに目を伏せた。
が――次の瞬間、彼は笑った。
「……そっか。ありがとう、サイファ」
「……何?」
「思い出させてくれて。俺がなぜ、“呪いを信じる”って決めたのか」
ロイの足元から、黒紫のエネルギーが一気に噴き上がる。
光が、闇が、呪いが、すべての感情が、ロイの中で混ざり合い――
「俺は弱かった。祝福が欲しかった。呪われたくなかった。
けど――それでも、“呪いしかなかった”んだよ!!」
怒号と共に、スキルが発動する。
《呪装適応・第二解放》
「な……!?」
サイファが目を見開く。
黒紫の鎧が、ロイの身体を包む。
背に浮かぶ呪紋はさらに複雑化し、禍々しさの中に美しささえ宿す。
「呪いは、俺を“ここまで”連れてきてくれた。
なら――呪いのすべてを、俺は力に変えてやる!!」
ロイが右手を構える。
そこに現れたのは、呪詛と憎悪を固めた“呪魂刃”。
一閃。空間が裂ける。
サイファは咄嗟に跳躍し、それを避ける――が、遅い。
肩口から裂けた外套。その下の鎧に、呪いの黒が滲んでいた。
「……読めない? 俺の攻撃、読めなかったのかよ、六席」
ロイの声に、サイファが歯を食いしばる。
「バカな……! 全情報を観測していたはず……ッ!」
「違ぇよ。あんたが見てたのは、“呪われた過去”だけだ」
ロイの瞳が、今や燃えるような紫光を宿していた。
「今の俺を構成してるのは――呪いだけじゃねえ。“それを背負った俺自身”だ」
「ッ……!」
「“祝福”ってのは、上から降ってくるもんだ。
けど、“呪い”は下から這い上がるための武器になる。
俺は、俺自身の手で、それを最強に変えてやるって決めたんだよ!!」
一気に距離を詰めるロイ。
サイファは応戦するが、攻撃の一手一手が、“読めない”。
彼の“識断視界”は、情報が多すぎて逆に対応しきれなくなっていた。
(こいつ……! 呪いの力で、思考を歪ませてる……!?)
思考を読ませない。未来を固定させない。
変則的な動きと、想定不能の呪詛の発動パターン。
「読めねえなら、どうすりゃいいか――簡単だ」
ロイが叫ぶ。
「全部ぶっ壊しゃいい!!」
呪魂刃が、サイファの視界を裂く。
空間ごと吹き飛ばされ、彼は地に伏す。
「くっ……!」
サイファは息を切らしながら、ロイを見上げた。
その瞳には、敗北と、わずかな――敬意があった。
「まさか、ここまでとは……。だが、これはあくまで“審判”に過ぎない」
「上等だ。お前の神だか祝福だか知らねえが――」
ロイが呟くように言った。
「俺が、“全部呪ってやる”よ」
◆
その様子を、遠くの山の上から一人の少年が見ていた。
白銀の髪。鋭い瞳。
背には、ただの鉄でできたはずの――しかし朽ちぬ剣。
「……面白くなってきたな、“呪装適応”の継承者よ」
彼の名は、エファト・ストライヴ。
不老不死の剣士。不老剣の使い手。
数千年を生き、幾度とない戦を経た男。
「さて……“祝福”と“呪い”、その対決がどこまで本気か。ちょっとだけ覗いてやるか」
不老の騎士は、音もなくその場を離れた。




