英雄の遺志
「――時間、止めた?」
アステリアが呆然と呟いた。
だが、それは違った。
“止まったように見えるだけ”だった。
「これは剣圧……!」
ロイがそう判断した時、少年の姿をした剣士――エファト・ストライヴは、すでに一歩踏み出していた。
その足音ひとつで、空気が砕ける。
彼が手にした《不老剣》は、ただの鉄塊に見える。
だが、それは何千年という時間を内包した存在。
“錆びない”というたった一つの性能を極限まで活かした、永遠の研磨結果。
「聖焔裂剣――確かに厄介だ。けれど、祝福は、万能じゃない」
そう言うと、エファトはゆるやかに剣を振った。
風も音も伴わない。
ただその一閃で、レアンドルの纏っていた聖域の加護が真っ二つに裂けた。
「……なっ……!?」
初めて、レアンドルの顔に驚愕が走る。
彼の“聖域展開”は、神託に等しい防御術。
それが“呪い”でも“魔法”でもなく、“剣筋”だけで打ち破られた。
「お前……ただ者ではないな」
「ただ者じゃないよ。不老だからね」
エファトは冗談のように笑いながらも、剣を構えたまま、視線を外さない。
その姿に、ロイは確信する。
――この男は、戦場の中心を“千年”以上渡り歩いてきた剣士だ。
「ロイ」
エファトがこちらを向いた。
「お前の呪いは、まだ進化する。俺はもう完成された剣だが、お前はまだ伸びる。……だから、この場はお前に残す」
「……え?」
「俺はもう退くよ。戦う必要はない。ここで剣を振るえば、戦場そのものが“終わってしまう”からな」
エファトが一歩、後ずさると、彼の気配がスッと消える。
まるで“風景”に溶け込んだかのように。
人の気配すら消えた。
「今のは、何だったんだ……」
レアンドルは呆然と剣を見つめる。
彼の聖剣に、**はっきりと“刃こぼれ”**が残っていた。
――祝福の加護すら貫いた。
あの剣士は、ただの“ちょい役”ではない。
まるで、伝説が一瞬だけこの時代に立ち寄ったようだった。
「エファト・ストライヴ。……不老剣の使い手。噂話でしか知らなかったが……」
レアンドルは拳を握りしめる。
「貴様、何千年もの剣筋を、そのまま俺に刻んだのか……!」
動揺が、ほんのわずかに、彼の心を揺らす。
ロイは、それを見逃さなかった。
「……今しかねぇな」
呪装が、再び脈動する。
《呪装適応・第三段階――“業の応報”》
ロイの全身から黒紫の紋様が広がり、空間ごと呪い染めていく。
「レアンドル、聞いてくれ。この呪いは、“誰かの怨念”の結晶だ」
「……」
「祝福の正義に捨てられた奴らの声。お前らは見捨ててきた。それを、拾って俺は戦ってる」
レアンドルが剣を構える。
「ならば、その声ごと斬り捨てる。それが、俺の正義だ」
ロイとレアンドル、ふたたび激突。
剣と槍、祝福と呪い。
だが今のロイは、“エファト”という一筋の閃光を見てきた。
千年を越えて生きる者の“重み”を、体で理解した。
だからこそ、ロイの槍もまた、ただの呪いではなくなっていた。
「――呪装:因果穿ち・改式《因果重奏》!」
呪いが、音を持った。
まるで幾千の怨嗟が旋律のように重なり、レアンドルの動きをわずかに遅らせる。
「っ……!?」
その隙を突いて、ロイの槍がレアンドルの鎧を貫いた――。
微かに、血の匂いがした。
「……傷を、負っただと……」
レアンドルが膝をつく。
初めて、聖騎士団の頂点に、呪いが届いた。
「ロイ……っ!」
アステリアが目を潤ませながらも叫ぶ。
ロイは、やっと一歩、超えたのだ。
祝福に殺されるだけの“ただの庶民”から、
その祝福すら打ち破る“呪いの英雄”へと。
「……まだ、負けてないぞ」
レアンドルが立ち上がる。だが、その目に迷いがあった。
その時。
頭上の空が裂けた。
「……!? これは……!」
新たな“聖光門”が開かれたのだ。
だが、今までと違う。
そこから降り立ったのは、
**レアンドルよりもさらに強い“別の存在”**だった。
「お前は……“第三位”の奴じゃねえ……」
ロイが見たのは、白いマントを翻す、銀髪の男。
その手には祝福の双剣。
だが、片方には黒い紋様が走っている――
「……“堕ちた祝福”?」
アステリアが震える声で言った。
その男は微笑みながら言った。
「ようこそ、ロイ。お前の“呪い”には、まだ進化の余地があるようだな」




