蒼氷の壁と呪いの刃
神殿の前庭が、氷で覆われていく。
足元から這い寄る冷気は、ただの寒さではない。
それは、祝福そのもの――第六祝福《蒼氷》の真髄。
「なるほど……呪いを中心に構築された新秩序、か。ならば、その核を砕くだけだ」
ゲルファリオが肩の巨大盾を地面に突き立てた瞬間、氷の魔方陣が周囲一帯に広がった。
ロイは一歩前に出る。
その姿は、黒いコートに身を包んだまま。武器らしいものは見えない。
だが、その瞳だけが、燃えるように赤く光っていた。
「祝福で押し潰すつもりか? 面白い」
「いや、“試す”だけだ。お前という呪いが、どこまで届くのかを」
ゲルファリオが静かに構えた。
蒼氷の盾は、絶対防壁。
あらゆる魔法も、物理も、概念すらも拒絶するという、完全なる守りの象徴。
「行くぞ――《蒼氷界》」
周囲の空間が、瞬時に凍てついた。
音が消え、風が止まり、時間さえも重く感じる空間。
氷の棺に閉ざされたような静寂の中、ゲルファリオが踏み出す。
「動けまい。呪いは所詮“毒”。止まれば、ただの負債だ」
「……そうか?」
ロイが指を鳴らした瞬間、世界が“逆流”する。
氷の世界に、黒い瘴気が染み出していく。
それは呪いの霧――“状態異常”の塊であり、ロイの真骨頂。
「俺の呪いは、“マイナスを与える”んじゃない。“マイナスを最大化する”んだよ」
ゲルファリオの動きが、一瞬止まる。
(この圧……俺の祝福さえ、侵食しようとしているだと……!?)
「《呪装適応》発動」
ロイの背後に、黒い装備が浮かび上がる。
その一つ一つが“呪われた武具”であり、すべてがマイナス効果を持つ。
だが、ロイの“適応”は、それらすべてを逆転させる。
―【鈍足の鎧】…移動速度-90% → 回避性能+300%
―【死に至る指輪】…毎秒HP減少 → 状態異常無効
―【咎人の刃】…攻撃時自身に反動ダメージ → 一撃必中
―【絶対不運のマント】…幸運値-999 → 確率を捻じ曲げる
「呪いの力は、確かに“不完全”だ。でも……だからこそ、“完全防御”を超えることができる」
ロイは一歩、また一歩と歩み出す。
氷の結界が砕け、祝福の加護が軋む。
「ふざけるな……俺は選ばれし存在、祝福の中核だ! お前のような呪われた雑種に……!」
「俺は“選ばれなかった”だけだ。それが何だ?」
ロイが右手をかざす。
指先に、黒い剣が現れる。
それは“咎人の刃”――装備するだけで寿命を削る、最悪の呪具。
「だが俺は、“使える”んだよ。こんなモノすらな」
一閃。
咎人の刃が振るわれた瞬間、氷の盾が音を立てて砕ける。
――いや、それは砕けたのではない。“拒絶”が“呪い”に適応され、吸収されたのだ。
「何……っ」
ゲルファリオの身体が、一歩後ずさる。
「祝福は“選ばれた者”しか扱えない。だが呪いは違う。“背負えるかどうか”だ」
ロイの声が響く。
「だったら俺は……背負うさ。お前らが踏み潰してきた連中の怨念ごと、すべてな!」
第二撃。
ロイの剣が、ゲルファリオの胸を貫いた。
氷の盾ごと、祝福の加護ごと――穿つ一撃。
「…………!」
ゲルファリオの身体が後方に吹き飛ぶ。
神殿の階段に激突し、そのまま崩れ落ちた。
周囲の氷は、すでに溶け始めている。
ロイは剣を収めた。
「一人目――突破。あと六つか」
その言葉に、ユウが駆け寄ってくる。
「やったね……でも、彼らは本気じゃなかった。おそらく、これは“予選”だよ」
ロイは頷いた。
「次は……もっとヤバいやつが来る。だろ?」
「うん、特に“あの女”が動き出したら……」
その名を口にする前に――空が歪んだ。
光の柱が空から降り注ぎ、空間が断ち切られる。
次に現れたのは、白銀のローブに身を包んだ女。
美しい。
だが、その美しさの奥にあるのは“神性”。
――第二祝福《祈星の女神》。
「“呪い”に、心が揺れた。理由を確かめに来ただけよ」
彼女の瞳が、ロイを射抜く。
ロイは、微かに笑った。
「順番待ちができてるとはな。いいぜ、付き合ってやるよ」




