目覚めし者たち
――その瞬間、世界が「裏返った」。
玉座に座ったロイの意思が、時空を越えて波紋のように広がる。
祝福によって支配されていた世界の価値基準が、一瞬だけ、微かに傾いた。
◇
「ん……?」
辺境の寒村、ユルマ谷。
地元で「呪詛の子」と忌み嫌われていた少年・カルスが、突然目を覚ました。
彼の身体に走る違和感――いや、それは「力」だった。
今までまともに歩くことすら困難だった脚が、震えている。だが、それは拒絶ではなく、力を湧き上がらせる前兆。
「オレ……何かが、変わった……?」
彼の背に、黒い瘴気のような紋様が浮かぶ。
だがその呪印は、もはや「枷」ではなかった。
◇
同時刻。王都・リルア=セントラル。
聖騎士団の中で“最下級”とされていた少女騎士、フィーネは、祈りの間で膝を抱えていた。
「祝福を授かれなかった者」として、ずっと後ろ指をさされて生きてきた。
ふと、意識の底に、黒い光が差し込んだ。
――ロイ。
その名前を知っているわけではなかった。
ただ、どこかで誰かが「希望」を叫んでいるのが聞こえたのだ。
「……私でも、戦える?」
彼女の持つ「呪符の剣」が微かに震え、黒い光を帯びていく。
◇
──世界のそこかしこで、“呪われし者たち”が目覚め始めていた。
その数は数千、いや、数万にも及ぶ。
彼らは今まで、価値の外にいた。
祝福を受けられず、社会の隅に追いやられていた者たち。
だが今、呪いは「適応」され、新たな力として開花し始めていた。
そして、その動きをいち早く察知した存在がいた。
◇
「……ロイ、お前、やったな」
蒼銀の鎧をまとった一人の男が、聖騎士団本部の塔の頂に立っていた。
第一騎士《光槍》ラヴェン・ディスカリア。
聖騎士団の頂点に立つ男であり、ロイが最初に激突した“祝福の象徴”。
彼は今、空の彼方から世界を見下ろしていた。
「祝福を受けぬ者たちが、力を得始めている……?」
その目が鋭く光る。
「面白い。ならば、次は“我々”の番だ」
ラヴェンの背後に立つのは、聖騎士団最上層。
“天上の七座”と呼ばれる七人の祝福者たちだった。
彼らは祝福の本流を受けた存在。
生まれながらにして、世界の法則に愛され、絶対的な加護を得てきた者たち。
「我らの秩序が揺らぐ……というのか?」
「下民どもに力を与えるなど、断じて許されん。今すぐ潰せ」
「カースリンク……ロイという男を処理する。異端の芽は、早めに摘むに限る」
その声の中で、唯一黙していた一人の女が、そっと目を伏せた。
第二祝福《祈星の女神》――
かつて、ロイと短く言葉を交わしたあの人物だ。
(……ロイ。君は、何を引き起こした?)
彼女の目には、未来の光と闇が複雑に交差して映っていた。
◇
神殿の玉座にて。
ロイは静かに目を閉じ、呟いた。
「これが……俺の選んだ責任か」
玉座に座った瞬間、彼は世界の“呪い”の流れを感じ取れるようになっていた。
まるで、血流のように。
まるで、地脈のように。
世界の底に沈んでいた痛みと怒りが、今、蠢いていた。
(これは……まだ、始まりにすぎない)
遠くで、ユウと白き呪獣が戻ってくる気配を感じた。
「……戻ったぞ、ロイ」
ユウの声が、わずかに疲弊している。だがその眼差しには希望が宿っていた。
「“神域”のコアを解析した。今なら、全世界に“呪装適応”の波長を広げられる」
「広げる?」
「そう。君の呪いの構造式を“標準”にして、適応可能な者へ波及させる。
……要するに、“新しい呪いの時代”を開くってことだ」
ロイは静かに頷く。
「やってくれ、ユウ」
「了解。じゃあ、始めようか。世界再構築プログラム──コード名《C.LINK:WORLD》」
神殿全体が光に包まれる。
ロイが目を閉じたとき、世界のあちこちで、数えきれない“目覚め”が始まった。
◇
──そして、世界は変わり始める。
祝福と呪い。
神と人。
光と影。
それらすべてが、再定義される新たな時代の幕開け。
だが、それに反発する“最後の壁”もまた、動き出そうとしていた。




