神の椅子に座る者
ロイは走る。
鏡のような床面は、彼の足音を吸い込みながら光を返す。
天井のない空間には、昼でも夜でもない永遠の「時の狭間」が漂っていた。
背後では、ユウと白き呪獣が《セラフィム・コード》と戦っている。
彼らの放つ衝撃波が、わずかに空間の重力を歪めているのがわかる。
(……ユウ、ありがとう)
ロイは拳を握った。
今、自分の中には「力」がある。
それは祝福とは真逆の、“呪い”という負の連鎖の果てに得たもの。
──祝福は選ばれし者の証。
──呪いは、選ばれなかった者の烙印。
だがロイは知った。
呪いの中に、無限の可能性があることを。
限界を超え、常識をひっくり返す“歪んだ祝福”が、この手の中にあることを。
彼がたどり着いたのは、神殿の中心。
そこに“椅子”があった。
大理石のような質感の、白い玉座。
装飾はない。ただ、“そこにある”という事実だけが、荘厳な威圧感を放っている。
「……これが、神の椅子?」
ロイは、そっと手を伸ばした。
だが、その瞬間。
「その椅子には座れないよ」
背後から声がした。
振り返ると、そこにはひとりの少年がいた。
見た目はロイと同じか、少し年下にも見える。
だが、その目に宿る光は“永劫”の記憶をたたえていた。
「誰だ、おまえ……」
「エファト。エファト・ストライヴ。
……ま、君たちからすれば“ちょっと通りすがっただけの過去の亡霊”かな」
彼は剣を手にしていた。
その剣は、まるで鉄の棒のように地味で、刃も鈍っているように見える。
だがロイには直感でわかった。
──この男は、強い。
「椅子に座るってことは、価値基準を塗り替えるってこと。
それは……この世界の“すべての責任”を引き受けるって意味でもある」
エファトは、ロイを真っすぐに見た。
「君が“呪い”の価値を示したのは見ていた。
でも、その先にある“裁定”はもっと重い」
「……それでも、やるよ」
ロイは、言葉に迷いがなかった。
「俺たち庶民は、ずっと下を見させられてきた。
祝福を持つ連中だけが偉くて、呪いを持つ俺たちは、努力すら無駄だって言われた」
拳を強く握る。
「でも、違ったんだ。
呪いは、“力”だ。
適応し、受け入れ、乗り越えた時、誰よりも強くなれる」
「……いい目をしてるね」
エファトは一歩前に出た。
「なら、最終試験だ。
この椅子に座るには、“最後の呪い”に打ち勝つ必要がある」
「最後の……?」
ドウッ、と空間が震えた。
玉座の背後から現れたのは、黒く塗りつぶされた巨大な影。
それは“人の形”をしていた。
──いや、違う。
それはロイ“自身”だった。
《呪装適応:エラー因子〈カースリンク・ゼロ〉》
彼自身が、過去に拒絶した恐怖・弱さ・嫉妬・怒り・無力感――
すべてを詰め込んだ、“もうひとりの自分”。
「おまえは……」
『そうだ、俺だよ、ロイ。
祝福を持つやつらを妬み、
呪いを憎み、
自分を何度も見下してきた、おまえ自身だ』
影のロイが笑う。
『強くなった? カースリンクで力を得た?
──それが何だよ。
根っこは変わらねえ。
おまえは弱い。臆病だ。だから“呪い”しか選べなかった。』
ロイは、拳を構えた。
「違う。確かに俺は臆病だった。
でもそれを受け入れて、乗り越えた。
だから今の俺がいるんだ!」
影が動いた。
巨大な呪いの腕が振り下ろされる。
ロイは地を蹴り、跳躍。
「呪装適応──《反転起動:ゼロリンク》!」
自身の呪いと影の呪いを“リンク”させることで、同調し、逆流させる。
影の拳がロイに命中する刹那、そのエネルギーはすべて“力”として逆転転送され――
「喰らえぇッ!!」
ロイの拳が、影の顔面を貫いた。
バリィン!!
鏡のような破裂音と共に、影は粉々に砕け散る。
静寂が、降りた。
ロイは、ゆっくりと振り返った。
そこに、玉座があった。
エファトは黙って頷く。
ロイは、歩き出す。
そして、神の椅子に──座った。
◇
空間が震える。
世界の基準が、再定義される。
祝福と呪いの座標が、逆転する。
──呪われし者よ、目覚めよ。
その瞬間、遥か離れた各地にいる“呪われし者”たちが一斉に目を覚ました。
彼らの中で何かが、変わり始めていた。




