無名の少年と、無垢なる獣
神託の塔、最終層。
ロイが足を踏み入れたその場所は、かつてのどの階層とも異なる雰囲気を纏っていた。
空はなく、大地もない。
ただ、果てのない暗黒の空間に、一本の“鉄の橋”が伸びていた。
光源はどこにも見えないはずなのに、ロイの姿ははっきりと照らされている。
この空間そのものが、存在する者の心象に反応して形を成しているのだと直感する。
「……最終層ってわけか。静かすぎて気持ち悪いな」
ロイが一歩進むたび、鉄の橋がきぃ、と不気味に軋む。
そして――
「……誰だ、そこにいるのは?」
声がした。
橋の中央、闇の中にぽつんと座っていたのは、一人の少年だった。
ぼろぼろの黒衣を纏い、足元には巨大な白い獣がうずくまっている。
「おまえ……人間か?」
その問いに、ロイは少し考えてから答えた。
「……たぶん、な。呪いまみれだけどな」
少年は目を細め、微かに笑ったように見えた。
「……同じだ、俺も。
祝福を受けられなかった。呪いだけが宿っていた。
それでこの塔に捧げられた。……ここは“神の残滓”が集まる場所なんだ」
「捧げられた……?」
「俺は、“誰か”になることすら許されなかった。
名前も与えられず、世界に記録も残らない。
けど、ここで呪いと共にいるうちに、“何か”が宿った」
少年の隣で眠る白い獣が、ゆっくりと頭をもたげる。
その瞳は、どこまでも透き通っていた。
巨大で、優しげで――けれど、底知れない存在感を放っていた。
「こいつは“純粋な呪い”。
けど、俺には唯一、名前をくれた。
“ユウ”って呼ばれてた。ほんとうの名じゃないけど、俺には十分だった」
ロイは足を止め、真剣な目で少年を見た。
「お前……ここで何してる」
「見張ってる。
“この塔が選んだ、最後の試練”として、誰かが来るのを待ってる」
「俺を……止めるために?」
「違うよ。
俺は、おまえの呪いが“本物”かどうか、確かめるためにここにいる。
祝福の騎士たちには、感じられない。
でもおまえ……おまえの呪いは、俺のと“同じ匂い”がする」
ユウの目が鋭くなる。
そして白き獣が、咆哮した。
――空間が一変する。
橋が砕け、ロイとユウの周囲に異空間が展開された。
それは呪いの原点ともいえる、混濁の深淵。
「構えろ、ロイ。
これは試練なんだ。“呪いを正しく使える者”かどうかを測る儀式だ。
もしおまえが偽物だったら、この白き呪獣が、おまえを喰い尽くす」
ロイは、剣を構える。
「上等だ。どっちが“本物の呪われ者”か、確かめようぜ」




