白翼のアグナス
神託の塔――最上階、第九層。
そこは天界を模したような異質な空間だった。
天井も壁も存在せず、空一面に白い光が満ちている。
足元には純白の大理石で形作られた円形の広場が広がり、中央には一対の羽根がそびえていた。
その羽根はまるで彫刻のように静止していたが、見る者に威圧感と神聖さを同時に与える。
「ようこそ、“呪いの者”よ」
声が響いた瞬間、天から舞い降りるように一人の騎士が姿を現した。
《天聖騎士アグナス》――
聖騎士団最上位、“祝福の化身”とも称される男。
彼の背から広がるのは、まさに本物の白翼。
それは“祝福”の頂点に立った者のみに与えられるとされる、神聖の証だった。
「君が、ロイだな。……実に興味深い」
アグナスの声音には、高圧的な響きはなかった。
ただ、“純粋な好奇心”だけが漂っていた。
「この塔をここまで登った者は久しい。ましてや、祝福を一切持たぬ呪いの者が、だ」
ロイは構えずに答えた。
「興味かどうかは知らねえが、俺はあんたらの“特権”をぶっ壊すためにここに来た。
祝福? そんなもん庶民には配られない、“天の施し”だろ」
「……施し、か。なるほど。確かにそう思えるのも無理はない」
アグナスはふわりと浮き上がる。
「だが、君が知らないだけで、祝福にも“重さ”がある。
我らが授かる力は、“天”からの預かり物に過ぎず……それを持つ者には“責務”があるのだ」
「へえ、偉そうに語るじゃねえか。じゃあ訊くがよ――
“庶民”が呪いしか得られなかった世界で、お前らはそれを変えようとしたか?」
沈黙。
アグナスはゆっくりと、目を伏せた。
「それは……否。
私たちは“選ばれし者”として生まれ、選ばれしままに訓練され、与えられた力を用いてきた。
その中で、“呪い”に適応する者が現れるとは……思っていなかった」
「だろうな」
ロイは笑う。
「けど、俺はここまで来た。“呪装適応”でな」
「すべてのステータスがマイナスになる呪い装備――
それを“着ることができる”ってだけだった。
だけど今は違う。
マイナスを背負い続けた先に、“反転”の道があることを俺は知った」
「呪いは毒だ。けど毒を知り尽くせば、どんな薬より強い」
静かに、ロイの呪気が広がる。
そして――
「呪装適応・第五律《無限反転》」
――ステータスの底が、抜けた。
全ステータスマイナスが、ゼロを突き抜けて“負の無限”へと到達する。
その果てに待っていたのは、“マイナスの支配”。
アグナスの神聖な気配さえ、空間に“押し込められて”いく。
「これは……!」
「祝福の騎士団が見下してきた呪い……その最果ての形だ」
ロイの声は静かだが、まるで空間そのものを圧迫するような迫力があった。
アグナスは剣を抜く。
その刃は光で形作られ、祝福のエネルギーが剣身を包む。
「ならば、試させてもらおう。
祝福と呪い――どちらが、真に“選ばれる”べき力なのかを」
そして、二人の距離がゼロになる。
剣と剣、力と力、信念と信念がぶつかり合い――
神託の塔最上階での、最終決戦が始まった。




