黒星(くろぼし)の刃、天に届く
神託の塔・第七層。
この階層は、これまでとは違っていた。
空間そのものが、まるで“空”の中にあるようだった。
天も地も区別がなく、蒼穹のような青の世界に、足元は浮遊する大理石の床だけ。
その足場も、いくつかの破片に分かれ、空中を漂っている。
「……空間ごと祝福で造られてるってか。バケモンじみてんな」
ロイは呟いた。
ここまで来るのに、幾度も死線をくぐった。
だが、彼の眼差しは濁っていない。むしろ研ぎ澄まされていた。
「ようこそ、呪われし者よ」
低く、威厳ある声が響いた。
そこに立っていたのは、全身を銀の鎧に包んだ、青年――否、男の姿をした“剣”そのものだった。
祝福騎士団《第二位》
――《天剣騎士》シグムント・バリスタ。
帝都の騎士養成院の教本にも名が載る伝説級の存在。
“ただ一振りで、空を割る男”。
その剣の祝福《天頂の刃》は、神にすら届くといわれる。
「俺の名は、ロイ・アークス。
呪装適応の使い手。
この塔の祝福神核を、壊しに来た」
「――貴様が、あの“呪いの子”か」
シグムントの目が、じっとロイを見据える。
「祝福なき者が塔を登るなど、時代の終焉も近いな。
貴様の存在は、我らの秩序にとっての“異物”だ」
「知ってるよ。俺はいつだって“異物”だった」
ロイは前へ出る。
剣を持たず、ただ呪われた装備をまとったその姿は、まさに“呪いそのもの”。
対するシグムントは、剣を鞘から抜いてすらいない。
「剣を……抜かないのか?」
「抜く必要があれば、抜く。それだけだ」
――次の瞬間。
蒼天が、真っ二つに裂けた。
「っ――なにッ!?」
ロイの肩が斬られていた。気づいた時には、血が噴き出していた。
(……見えなかった……!)
斬撃は、ただの一太刀。
だがそれは、“この空間全体”に対する一斬だった。
「《天頂の刃》は、剣を抜く前に“結果”を刻む。
天を斬る意思を持てば、その時点で天は裂かれる」
「……それって……」
「祝福とは、“理不尽な奇跡”の現実化だ。
それを否定する力――貴様の“呪装”が、どこまで抗えるか見せてみろ」
ロイは即座に【呪装:歪因の腕輪】を展開。
未来予測と干渉逆転の呪いで、空間の流れを少しだけ“曲げる”。
(今の斬撃をもう一度食らったら、確実に死ぬ。
でも、斬られる結果が先に決まってるなら……)
「――結果を、“否定”する!」
ロイの掌から黒い呪印が飛び、空間そのものへ突き刺さる。
空中に浮かんでいた剣の残像が歪み、斬撃の“結果”が数秒だけ遅延された。
「よくやった……だが、その程度では届かん」
シグムントが、ゆっくりと剣を鞘から抜いた。
空気が震える。
「今度は、“抜いた一撃”だ」
抜刀と同時に、地が裂け、ロイの足元の大理石の島が崩壊する。
彼の身体は宙に投げ出された。
「なら――これで応える!」
ロイは【呪装:地獄の縛鎖】を展開。
空中に広がった“呪いの鎖”が、シグムントの腕を絡め取る。
「おお……これは……!」
わずかに、シグムントの動きが鈍る。
ロイは空中でバックスピンしながら呪印を構築し、自らの胸に突き刺した。
「……っ、呪いよ、俺の魂ごと喰らえ!!」
【呪装適応:深淵解放】――
命と引き換えに、“呪いの強度”を絶対値で引き上げる、究極の狂化。
「これが、“祝福”を殺す呪いだぁああああああ!!!」
呪気の爆風が空間全体に広がり、宙にいたロイが――光となって、消えた。
◇
「……貴様、まさか……自爆……!」
一瞬、あたりは静寂に包まれた。
だが。
崩壊した空間の彼方に、ひとつの影が浮かび上がる。
「……まだ、生きてるのか」
「……ああ。“祝福の理”に殺されるために生まれた男じゃねぇんだ、俺は」
ロイは、全身から黒煙を立ちのぼらせながら、ゆっくりと立ち上がる。




