剣花のサルディナ
神託の塔――第六層。
踏み入れた途端、ロイは思わず足を止めた。
足元に広がるのは、石ではない。花だった。
無数の、白銀に染まった花々が一面に咲き誇り、空間全体に奇妙な静謐をもたらしている。
「……花畑、ねぇ。敵の領域とは思えない」
だがその美しさの中には、剣のような緊張感が満ちていた。
すると、花々の中心――小高い丘の上に、ひとりの女が立っていた。
女は静かに剣を構え、こちらへと視線を向ける。
「祝福騎士団《七翼》第四位、《剣花のサルディナ》」
ロイの脳裏に、帝都の地下情報が走る。
この女は、かつて一夜で敵国の騎士団をまるごと消し去った“剣の祝福者”。
「呪いの装備者か。ふふ……ようやく会えたわね。ずっと、楽しみにしてたのよ」
「楽しみに……?」
「ええ。この塔に上がってくるという“呪いの子”の噂は、前から聞いてたの。
すべての呪装を使いこなす、異端の庶民。祝福を持たぬ者が、天に挑む物語。――正直、笑っちゃうくらい傲慢だけど」
女――サルディナは剣を振る。
その動きは、一輪の花が咲くかのように優雅だった。
だが――直後、ロイの頬を斬撃がかすめた。
「……っ!」
気配も、風すらもなかった。
サルディナの“斬撃”は、視認できない速度で届いていた。
「私の祝福は、《剣花》。
剣を抜く瞬間、その一振りが“視えない一斬”として先に相手に届くの。
――“美しき死”こそ、祝福の頂点よ」
その言葉通り、次の瞬間には五本の斬撃がロイを襲っていた。
しかしロイも、すでに呪装を展開していた。
「【呪装:絶縛の鎧】……“鈍化と遅延”の呪い」
斬撃の速度が一瞬だけ遅れ、ロイは間一髪でそれらを回避する。
「俺の呪いは、あんたらの祝福を拒絶する。
強すぎるものを、重く、鈍く――“正しくない形”にねじ曲げる力だ」
「ふふ、やっぱり面白いわ……!」
サルディナは一歩、また一歩と歩を進めながら、まるで踊るように斬撃を繰り出す。
そのたびに、花々が切れ、舞い、血のような花粉が空間を包む。
ロイはその中を、呪装の鎧で強引に突っ切った。
「【呪装適応】……“傷を受けるほど、呪いが深化する”」
四度、五度と斬られながらも、ロイの肉体に蓄積された呪気は、次の一撃へと変わる。
「いいわよ、その目。生き汚くて、痛みに慣れていて、それでいてまだ“登ろう”としてる。
――そういうの、大好き」
サルディナはロイの懐に入り込み、低い体勢から突きを放つ。
「でも、私の剣は“美しさ”に殺されるものよ!!」
その瞬間――ロイは、呪気を展開した。
「――甘ぇよ、“美しさ”なんて言葉で俺の人生ごと切り捨てられてたまるかよ!!」
呪装【背反の黒蓮】。
――全方向に“反射と逆転”の呪いを放つ、禁断の装備。
突きの軌道が、ねじれる。
サルディナの剣が、自らの肩を裂いた。
「なっ……!」
「これが、呪いの力だ。お前らの美学を、“無様”にしてやる力だ!」
ロイの拳が、サルディナの腹に突き刺さる。
「っ、ぐ……!」
女騎士は吹き飛ばされ、花畑に崩れる。
◇
「殺さないの? それとも、“呪い”じゃ殺しきれない?」
地面に伏したまま、サルディナがかすかに笑う。
「……いや。呪いは、憎しみを与えるけど、奪うだけじゃねぇ。
“背負った痛み”は、俺だけの力だ。
お前を否定して勝つのは、俺のやり方じゃない」
ロイは背を向け、次の階層へ歩き出す。
「次は《第三位》か……。こっからは、いよいよ“本丸”だな」
◇
そしてその頃、さらに上階の神殿には――
黒髪の青年が一人、静かに剣を磨いていた。
「ロイ・アークス……いよいよ来るか」
祝福騎士団《第二位》にして、“無欠の守護者”。
――《天剣騎士》シグムント・バリスタ。
塔の頂で、彼は“祝福そのもの”を守る剣として、ロイを待っていた。
第三章 第七話『黒星の刃、天に届く』へ続く――




