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忘却の祝福者

レイファルドとの激闘を終えたロイは、神託の塔・第五層へと足を踏み入れた。


四階層までの空間とは異なり、そこは霧が漂う、無音の廊下だった。

石造りの壁も床も、ところどころ欠けており、まるで長い時を放置された遺跡のような印象を与える。


「……なんだ、この階だけ空気が違う」


呟いた声が霧に吸われ、消えていく。

ロイの【呪装適応カースリンク】は次なる敵の気配を敏感に察知していたが、なぜか相手の“存在そのもの”が霧の向こうにぼやけて見えなかった。


そこに――


「……きみは、だれ?」


少女のような声が、すぐ背後からした。


(しまった――!)


即座に反応して振り返るも、そこにいたのは一人の少女。


……否、少女のように“見える”存在だった。


長い白髪、瞳は色を失ったように無色。

手には本を持ち、ローブは修道女のようにも見えた。


「祝福騎士団《七翼》第五位、《忘却のミーネ》。……記憶の祝福を持つ者だ」


「なんだそれ……記憶?」


「ええ。わたしの祝福は、“他者の記憶を消す”こと。

でも心配しないで、すぐに終わるから。わたし、戦うの、あんまり好きじゃないの」


微笑みとともに、霧がロイの足元から巻き上がった――



「――ッ!? おい、なんだ……!」


ロイの意識が、急激に曇る。


視界が揺れ、頭に鈍い痛みが走る。

霧に触れた瞬間、脳内の記憶が勝手に上書きされていくような、異常な感覚。


「この階層にいる間、あなたは“呪い”という言葉すら思い出せなくなる。

それが、わたしの加護」


ミーネが静かに囁く。


「君は“祝福騎士団”が何かも知らず、呪装適応が何かも忘れて、ただの“普通の冒険者”になるの。

だから安心して。戦う理由すら、なくなるんだよ」


ロイの呼吸が荒くなる。


(……あの装備は……なんだった……?)


身体にまとっていたはずの呪装の一部が、発動不能になっていく。

スキル名すら思い出せない。意識の核が、もぎ取られていくようだった。


「……なるほど」


それでも、ロイは口を開いた。


「だったら――殴れば思い出すかもな」


「……え?」


ズドッ!!!


霧をかきわけ、ロイの拳がミーネの頬に叩き込まれる。


その瞬間――ロイの身体に走る、膨大な呪気の逆流。


(そうか、思い出した……!

“呪装適応”は、【呪いが発動不能になるほど強い干渉】を受けると、それ自体を打ち破るための“再構築”が走る!)


ミーネの記憶干渉は、ある意味で“強すぎた”。

だからこそ、呪装の核心が発動した――“自己回復的適応”。


「なっ……そんな、わたしの祝福を打ち破るなんて……」


「思い出したぜ。“呪い”はお前らの祝福と違って、失っても染み付いて離れねぇんだよ」


ロイの掌に、かつての“黒の剣”が再生する。


「ここまで来たら、全部壊してやる。

祝福って名前の“選民ごっこ”をな」



ミーネは動揺しながらも、再び本を開く。

文字が浮かび、空間に幾重もの記憶霧が展開されていく。


だが――ロイの視線は、一点に集中していた。


「そんなもんで、俺の呪いは止まんねぇ」


一歩、また一歩。ロイは霧の中を踏みしめる。


「“忘れさせたい”って願いそのものが、甘えなんだよ。

俺は、忘れねぇ。選ばれなかった“あの日”の痛みも。

誰にも相手にされなかった“俺たち”の声も――全部だ」


ロイの剣が、ミーネの胸元で止まる。


「……殺さねぇよ。お前は、たぶん本気で戦いたくなかったんだろ」


ミーネは、震えたままうずくまる。


呪いの力が霧を切り裂き、空間の支配が崩れていく。


「次に行くぜ。俺は、“忘れない”って選んだからな」



こうして、神託の塔・第五層を突破。

祝福騎士団《七翼》第五位《忘却のミーネ》との戦いは幕を閉じる。


だが、彼女の背には、“沈黙したもう一つの意志”が浮かび上がっていた。


――次にロイが出会うのは、“最も冷酷な祝福”。

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