不完全な祝福者(アンブレスト)
王都〈エラルディア〉の南端、地下街〈スレイブレーン〉。
そこは“祝福を授からなかった者たち”──“不完全な祝福者”が寄り集まって暮らす隔離区域だった。
「……聞いたか? またひとり、“失格印”が首に刻まれたってよ」
「これで今月だけで五人目だ」
「やってられねぇよな。あいつら、“選ばれなかっただけ”で人間じゃないみたいに扱ってきやがる……!」
彼らの腕や首には、淡い痣のような“刻印”が浮かんでいる。
【不適性】──祝福に選ばれなかった者が刻まれる印。
生まれによって祝福を受けられない者、受けても“失格”とされた者。
王国の支配構造において、彼らは“存在してはならない存在”だった。
「……なあ、お前。ロイって名前、聞いたことあるか?」
「ロイ……? ああ、“呪いで祝福をぶっ倒した”ってやつか?」
「そう。マジの話らしい。しかも、聖騎士団の《白紋》部隊を壊滅させたって……」
「はは、信じられねえな。呪いで祝福に勝つなんて、絵本の中の話だろ」
そう言いつつも、彼らの目には微かな光が宿っていた。
“呪い”という言葉は、彼らにとって“終わり”の象徴であり、同時に“自分たちの可能性”でもあった。
「俺たちが“間違ってた”わけじゃないのかもしれないな……」
◇
同時刻。
王都郊外の小屋にて、ロイはレムと再会していた。
「……戻ってきたのか」
「お前の深度が“3”に近づいていると聞いたからな」
ロイは呆れたように鼻を鳴らす。
「どっからそんな情報仕入れてるんだよ」
「祝福国家の動きは、呪いの目を通せばだいたいわかる。……副団長と、接触したな?」
「……ああ。グラディウスって奴。強かった。殺気を向けられただけで背筋が凍った」
レムは短く頷く。
「彼は“完全体”。祝福の中でも最高位の称号持ち。いずれ避けられない相手だ」
「わかってるよ。だから、強くなる」
ロイの眼差しには、揺るぎない意思が宿っていた。
「なあ、レム。質問していいか」
「……なんだ」
「王都の下層で、“不完全な祝福者”ってやつらがいるって聞いた。……あいつら、助けられないのか?」
レムはわずかに目を細める。
「お前がそんなことを気にするとはな」
「俺も最初は、自分だけ生き延びればいいと思ってた。けどさ──」
「“呪いしか得られなかった俺が、他の誰かの希望になれる”なら、やってやりたい」
沈黙。
レムは口元に微笑を浮かべた。
「……なら、連れて行ってやるよ。スレイブレーンへ」
◇
数日後。
ロイとレムは王都の地下へと潜り、〈スレイブレーン〉の奥地へたどり着いた。
そこは、まるで世界から切り捨てられた廃墟だった。
瓦礫の建物、煤けた空気、祝福の光が一切届かない闇の中。
子供や老人までもが、“刻印”を隠しながら生きていた。
「……うわ、マジか。これが“同じ国”の現実かよ」
「知らなかったか。王都の下には王都の“影”がある」
ロイは静かに頷き、壁際にうずくまる少年に近づいた。
「おい、怪我してるじゃねぇか。これ、使えよ」
差し出したのは、呪装で“自己修復機能”を持った包帯。
少年は怯えながらも、そっとそれを受け取った。
「ありがとう……お兄ちゃん……」
ロイはその言葉に、一瞬戸惑いを見せた。
「“ありがとう”なんて言われるの、久しぶりだな」
「……お前の行動が、もうこの街の空気を変えてるってことだ」
そう語るレムの目には、淡い希望の光が灯っていた。
◇
その日の夜。
スレイブレーンの集会所にて、若者たちが静かに集まっていた。
「本当に来てくれたんですね……“呪装適応者”ロイさん」
「俺は特別な存在じゃない。たまたま生き残っただけだ。けど──」
「今ここにいるお前ら全員、“選ばれなかった”からって終わったわけじゃない」
「俺がそれを証明してみせる」
その言葉に、静かな拍手が広がる。
初めて、スレイブレーンに“希望”という名の灯がともった瞬間だった。
◇
だが、王都の上層ではその兆しがすでに感知されていた。
「……ロイ。あの男、“下層民”を動かす気か」
玉座の奥で、宰相エルネストが渋く眉をひそめていた。
「芽は早めに摘むべきかもしれませんな」
その時、部屋に現れたのは、もう一人の“選ばれし者”。
グラディウス=レインハルド。
「いいや──まだ早い」
「芽がどこまで育つのか。見てみたいだろう?」
その瞳の奥に宿るのは、敵意ではなく、かすかな“興味”だった。




