聖騎士団・副団長、動く
王都〈エラルディア〉。
高位祝福の光が絶えず降り注ぐこの都は、“選ばれた者”たちの楽園だった。
中央宮殿の天上には、巨大な祝福石が浮かび、永遠の加護を降らせている。
その中心、白金の玉座の間。
剣を模した紋章の前に、ひとりの男が跪いていた。
「……副団長、これが先日の“辺境戦報”です」
淡々と報告書を読み上げる神官の声は、わずかに震えていた。
──【祝福部隊《白紋》、全滅】
──【推定原因:呪装適応者との交戦】
──【不明因子“カース・レイヤー2”を確認】
玉座の前に立つ男は、無言で書類に目を通していた。
銀色の鎧に、白の長マント。
肩章には、“七翼”を象った金装飾。
聖騎士団副団長、グラディウス=レインハルド。
「“ロイ”……という名が報告にあるな」
「はっ、呪装適応者の名前とされています……」
「……面白い」
グラディウスは、薄く笑った。
それは、敵を見下す笑みではなかった。
「“深度2”に到達した適応者か。……何十年ぶりだ?」
「六十三年ぶりかと……最後の適応者は記録では“死亡”しています」
「なら、今この国にいる“唯一の呪装適応者”が、奴ということになる」
グラディウスはゆっくりと立ち上がる。
「国は動かん。上層は“まだ”この事態を黙殺するつもりだ」
「……どうされますか、副団長」
「決まっている。私が行く」
◇
その夜、王都の外れにある訓練場。
稽古をしていた聖騎士候補生たちが、全員一斉に地に膝をついた。
「しっ、失礼しま──副団長……!?」
「続けろ。私はただ、“剣”を取りに来ただけだ」
彼の目の前に据えられていたのは、封印された聖剣の一振り。
《聖装・レギンレイヴ》
副団長クラスにのみ許される、対“適応者”用の聖遺物。
「ロイ。お前の存在が、“均衡”を壊しつつある」
グラディウスは聖剣をゆっくりと手に取る。
「だが、私が一番興味があるのは……“お前の可能性”だ」
◇
その頃。
ロイは辺境の廃寺で、剣を握っていた。
手にしているのは、前回レムから受け取った“量産型・不老剣”。
「……完全に馴染んだわけじゃないが、少しずつ使える範囲が広がってきた」
深度2による負荷は凄まじい。
肉体の再構築、呪因子の浸食、記憶の混濁。
だがロイは、すべてを“適応”して前に進んでいた。
「レムのやつ、結局何も言わずにいなくなりやがって……。まあいい。あいつは“そういうやつ”だ」
彼の背後に、ふと風が吹く。
気配が変わる。
「──来たか」
一歩、足音が鳴る。
振り返ったロイの前に現れたのは、堂々とした白銀の鎧の男。
グラディウス=レインハルド。
祝福国家エラルディア、第二位の実力者にして、聖騎士団副団長。
「初めまして。ロイ=カースリンク──」
「……いや、“適応者”と呼ぶべきか」
「……随分な直々の挨拶だな」
ロイは、自然と足を構えた。
眼前の男から放たれる威圧感は、これまでのどの敵とも違う。
祝福の核そのものが、歩いているかのような存在。
「今日は戦いに来たわけではない」
「じゃあ何しに来た?」
「……“確認”だ。お前が、“この国を壊せるかどうか”を」
沈黙。
風が止まり、世界が静まったかのような錯覚。
「俺は、壊す気なんてなかった。ただ、“祝福に殺されない”ように足掻いてただけだ」
「そうか」
グラディウスはゆっくりと剣を鞘に戻す。
「なら、そのまま進め。いずれ、我々は敵同士になる」
「そしてその時こそが──“すべての祝福”に対する審判の時だ」
彼はそう言い残し、再び背を向けた。
「ロイ」
「……なんだ」
「私を殺せるほどに強くなれ。でなければ、“次”は容赦せん」
◇
グラディウスの訪問は、表向きには“存在しなかった”ことにされた。
だが、ロイは感じ取っていた。
これから起きる戦いの“重さ”を。
「聖騎士団副団長、か……。次に会ったら、命の取り合いってわけか」
ロイは、再び剣を握る。
「それでも、やるしかねぇだろ。俺の道を、選んじまったんだから」
祝福の中心が動き出した今。
“呪いの反逆者”ロイの名が、世界を揺るがす火種として、密かに広がり始めていた。




