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深度零から来た男

冷たい風が吹き抜ける、辺境の谷。


断崖に囲まれたその場所に、かつて“呪装因子研究所”と呼ばれた遺構があった。

現在は地図にも記されておらず、知る者もほとんどいない。


だがその地下、最深部には今もなお、ひとりの男が生きていた。


「……動いたか、ロイ。あの時の“芽”が、ついに咲いたんだな」


男――レム・カースリンクは、ゆっくりと立ち上がる。


見た目は二十代の青年。だがその目に宿る光は、まるで数百年を歩んだ者のように深く、冷たい。


背に背負った朽ち果てた鉄の箱。そこに刻まれた“第零適応体”の文字。

彼は、「呪装適応」の最初の被験者だった。



かつて――祝福の世界が、呪いを徹底的に封印しようとしていた時代。


軍部と学術会は、逆に「呪いを制御する技術」の研究を極秘に進めていた。


その中で誕生したのが、“呪装適応因子”計画。

適応可能な肉体に、段階的に呪いを侵食させ、武器として利用するという狂気の実験だった。


そしてその第一号として選ばれたのが、少年兵だったレム。


成功率は一%以下。

だが彼は、生き延びた。呪いを全身に取り込み、なおも理性を保ち続けた“奇跡”の存在。


それでも彼は、兵器としてではなく、「管理不能」として封印される。


彼が遺された理由はただひとつ――

後続の適応体が、生まれる時代を待つため。


「……そして現れたか。“反射適応型”。お前が、第二段階だ」


彼の手の中、古びた水晶端末にロイの情報が浮かぶ。

呪因子アビスリンク。複数の呪装干渉を逆転させ、攻撃や制御を“強制的に反転”させる特性。


「反転適応……。それが“カースリンク(呪装適応)”の次段階なら、あるいは祝福を打ち破る切り札になりうる」


レムの背後。無数の空きカプセルが並んでいた。


そこには、かつて適応に失敗した数十体の“同胞”が眠っていた。

彼らの死の上に、レムとロイの力は成り立っている。


「……けどな、ロイ」


レムは空を見上げる。

その視線の先、遥か遠くにロイがいる。祝福の中枢に牙を剥きかけている少年。


「お前の“祈り”が、俺たちの絶望と同じとは思わねえ。

 だが、似てるんだ。あの時の俺と」


回想――


──痛みしかない。

──孤独しかない。

──救いのないまま、命を差し出し、呪われ、使い捨てられた。

──でも、誰かが見てると信じた。

──世界のどこかに、“この力を理解する誰か”がいると信じて、笑って、死んだ。


「でも、ロイ。お前は生きてる」


レムは静かに、不老の体に染みついた灰色のコートを翻した。


「だったら見せてみろ。“適応者”の意地を」



同時刻、ロイは廃都の地下で息を潜めていた。


「……やけに静かだな」


かつて住民の一部が呪いに適応し“崩壊”したこの町は、祝福からも完全に切り離された呪界化地帯。


今ではロイの仮拠点になっていた。


「……気配も……ん?」


足音がした。

一歩、二歩。そしてぴたりと止まる。


現れたのは、見たこともない青年。古びた鉄の箱を背負い、全身からは呪因子の濃密な霧が立ちのぼっている。


「お前が……ロイか」


その声に、ロイの背筋が凍る。

“自分と同じにおい”――それも、次元の違う“深さ”を感じた。


「誰だ、お前……」


「レム。レム・カースリンク。お前の“原型”だ」


「……カースリンク? それ、俺のスキル名の……」


「ああ。その名は“実験体コード”だ。お前がその名を使ってるってことは、因子は完全にお前に融合してるってことだ」


ロイは咄嗟に距離をとる。


だがレムは、構えない。敵意も、殺気もない。


「……俺は戦いに来たんじゃない」


「じゃあ、何しに」


「忠告だ。お前の呪装適応が“開花”したことで、祝福側は本格的に潰しにくる。次は……おそらく“国”そのものが動く」


「それならもう……予兆はある。知ってる」


「なら、もうひとつだけ教えとく」


レムは、背の箱を開いた。


中に収められていたのは、全く錆びず、朽ちず、歪み一つない鉄の剣。


「……不老剣?」


「違う。これは“俺の”不老剣じゃねえ。“不完全な量産型”だ。お前にやる」


「……は?」


「使えるかどうかは知らねえ。ただ、この剣は“因子に選ばれた者”しか使えねぇ。使えたら、お前は――」


言葉の続きを告げる前に、突然上空から光が降る。


「──ロイ=カースリンク、発見。祝福軍特殊部隊、討滅作戦を開始する!」


空を裂いて、十数名の“白銀の兵士”が降下してきた。


レムが低くつぶやいた。


「言っただろ? 本当に“来る”ってよ」

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