エファトの記録(リコード)
「……祝福を受けなかった者は、存在する価値がない――か」
重く、冷たい声が呪界に響いた。
それは、かつてのエファトの声だった。
だが、今のような深みも達観もなかった。
ただ、怒りと絶望をひたすらに秘めた少年の声音。
目の前に広がる光景は、因子によって再現された記録。
ロイは、それを“見る”ことしかできない。
(……エファトの過去……)
映像の中で、若き日のエファトは貴族の試験場に立っていた。
祝福適性の検査に落ちた彼は、周囲から軽蔑の視線を浴びていた。
「不老? そんな因子、呪い以外の何物でもない」
「見かけだけ若いのは気味が悪い。やっぱり下層の出か……」
無慈悲な声の数々。
どれも、ロイにとっても耳なじみのある言葉だった。
(“選ばれなかった”者に、価値はない……あの時の俺と同じだ)
だが――
その中で、エファトは誰にも言い返さなかった。
ただ、一言も発さず、剣を握り続けていた。
「祝福など、ただの飾りだ。俺は――俺の剣で、世界を証明する」
彼は、何千年にも渡り鍛錬を続けた。
祝福者の誰よりも長く、誰よりも深く、誰よりも孤独に。
(……それが、エファト・ストライヴの本質……)
時間が加速するように、映像が流れていく。
倒れゆく魔獣たち。
崩れ落ちる聖騎士たち。
滅んだ都市。
救った者たち。
裏切った者たち。
そして何より――
誰よりも強くなってしまった“孤独”だけが、エファトの傍に残っていた。
「気づいたんだ。俺は不老になったんじゃない。“止まった”んだ」
そう呟いた彼は、ある時から誰にも会わなくなった。
「祝福も、呪いも、正義も、悪も……誰かの都合で形を変える。だからこそ、俺はただ、“斬る”と決めた。おかしいと思うものを、切り裂く。それだけでいい」
(……それが、エファトの選んだ“剣の生き方”……)
映像の最後。
彼はたった一人、果ての大陸の黒い空の下で、無数の敵を斬り捨てた。
その姿は、まさしく“剣そのもの”。
そして、記録が終わった瞬間。
呪界の空間に再び、ロイの意識が戻った。
「……見たかい? 俺の“記憶”」
すぐ近くから、声がした。
今度は、現在のエファト・ストライヴだった。
「……あれは、お前の……」
「うん。呪界ってのはね、ただ因子の深度を上げる場所じゃない。“対話”する場所なんだ。過去と。呪いと。そして、未来と」
ロイはしばらく黙っていたが、やがて言った。
「お前、あの頃からずっと……ひとりだったんだな」
エファトはふっと笑う。
「今でもそうだよ。ロイくん。君たちは、“祝福を受けなかった世代”の、最前線に立ってる。でも俺は、ただの遺物さ。いずれ消える」
「……消えねぇよ。あんたの剣は、今でも生きてる。さっきの黒因子兵――お前がいなきゃ、俺は死んでた」
「その程度の借りは、忘れていい」
「忘れねぇよ。あれが、俺の未来だって分かったからな」
エファトの目が、少しだけ見開かれる。
ロイはゆっくりと、アビスリンクを手に取った。
刃が微かに、共鳴して鳴った。
「俺は“選ばれなかった”。でも、だからこそ……選べる未来がある」
エファトは数秒の沈黙の後、目を細めた。
「……いい眼だ。そういうのを、“祝福者”は嫌うけどね」
彼はロイに背を向け、霧の中へと歩き出す。
「俺の役目は終わりさ。これからは、お前の物語だ。ロイ・カースリンク――“呪装対話者”として、な」
次の瞬間、エファトの姿は霧の中に溶けて消えた。
だが、残された刃の記憶と、剣士の背中は――ロイの心に深く刻まれていた。




