呪界(じゅかい)
黒い扉が開かれる音は、静かだった。
まるで“歓迎する”かのような、深く柔らかな沈黙。
ロイの足元には、現実と異界の狭間が広がっていた。
そこに、一歩を踏み出す。
――ズン。
身体が沈む感覚。
重力ではなく、“存在”そのものが重くなるような奇妙な感覚。
(ここは……)
見渡す限りの黒い霧。
地面は存在せず、空もなく、ただ「呪い」が浮かぶ空間。
無数の“呪装”たちが、空中に静止している。
いずれも、今の時代には存在しない、未知の形状。
剣、槍、弓、鎧、指輪――
それらはどれも、呪いの力によって存在しているにも関わらず、どこか静かで、凛としていた。
「ようこそ、呪装適応者よ」
不意に、声が響く。
だがそれは、言葉ではなかった。
脳内に直接、因子信号として“刻まれる”。
(誰だ……?)
「我らは、“因子の記憶”。ここは、呪装適応に選ばれし者だけが訪れる場所――“呪界”」
声が続くと同時に、空中に浮かぶ呪装たちが、ロイのまわりをゆっくりと旋回し始める。
「この世界には祝福と呪いが存在する。だが、真実は一つだ」
ロイの視界に、かつて見た“祝福の聖具”の映像がよぎる。
(……聖騎士団が持つ、あの黄金の装備……)
「祝福とは、“管理された呪い”に過ぎぬ」
(なに……?)
「人が“選ばれた”と信じて手にする祝福は、支配の道具。呪いは、抗う力だ。だが、多くの者は呪いを恐れ、受け入れなかった」
次の瞬間、目の前に映像が広がる。
――大昔の風景。
祝福を得た王たちが、民を支配し、反逆者に“呪い”を押しつけていた。
(これが……真実……)
「呪装適応とは、“反逆の進化”。祝福に選ばれなかった者だけが、真の因子と向き合える」
やがて、霧の中心から一振りの剣が現れた。
見たこともない形状。
それは、まるでロイの“影”が剣になったかのような異様な姿。
「これは、あなたにだけ受け取る資格のある武装――《呪界装・アビスリンク》」
(アビスリンク……)
「この装備は、あなたの“記憶”と“傷”を基に生成される。強さではなく、あなたの“呪い”そのものが形となるのです」
その刃に、ロイの過去が焼き付く。
選ばれなかった幼少期。
祝福者に蔑まれた訓練時代。
今なお残る“存在否定”の傷痕。
(これが……俺の呪い……)
だが――
ロイはその柄を、迷いなく握った。
「呪いが俺を否定したんじゃない。俺を否定したのは、“祝福された世界”の方だ」
剣が共鳴する。
アビスリンクの刃が、音もなく光を帯びていく。
《新スキル:深度七適応・呪界共鳴》が、ロイの脳に刻まれた。
同時に、霧の奥から何かが動いた。
「この先に進むには――もう一つ、“選ばれなかった者”の傷を知れ」
次の瞬間、空間が裂けた。
現れたのは、一人の男。
銀の鎧をまとい、朽ち果てた剣を背負った騎士。
目の色は虚無、だが深く。
その存在に、見覚えがあった。
「……エファト……!?」
だがその姿は、前に見た“今”の彼とは違っていた。
それは遥か昔――
“彼自身がまだ、祝福に絶望していた頃”の記憶だった。
呪界は、因子の記憶を映す。
つまり――
(これは、“不老騎士エファト”の過去……!?)
次にロイが見るのは、呪いに選ばれた者たちの“真実”――
その先に、何が待っているのか。
物語は、“選ばれなかった英雄たち”の記録へと進む――。




