『深度七への扉』
「……あれは、何だったんだ……?」
静まり返る地下通路の奥で、ロイは一人、剣を握りしめていた。
黒因子兵の死骸は残っていない。
跡形もなく、粒子へと分解されていた。
(斬っただけで、存在を“終わらせた”……)
言葉では説明できない。
だが確かに、あの少年――エファト・ストライヴの剣は、“世界そのもの”を斬っていた。
「ロイ。大丈夫?」
ミレアの通信がようやく繋がり、彼女の声が震えていた。
「……なんとか、な」
「今、解析班が急いで因子収集を進めてる。あの剣士が斬った痕跡から、通常では検出できない“未分類領域”の反応が……」
「未分類?」
「人類がまだ定義できてない因子波。適応理論の範疇を超えてる……文字通り、“未知”よ」
未知――それは、同時に“恐怖”と“希望”の両義語だ。
(……あの人は、何千年も前から戦い続けてきたのか)
もしかしたら、自分たちの“呪装適応”など、彼にとっては“未完成品”に過ぎないのかもしれない。
(まだ届いていない……)
エファトが残した言葉が脳裏に残る。
「因子はね、“使われる”ものじゃない。“対話する”ものだよ」
(使う……のではなく、“対話”する……)
その言葉に、何かが引っかかった。
ロイはゆっくりと、自らの《呪装核》に手を当てる。
胸の奥で脈打つ、呪いのエネルギー。
深度六では不可能だった領域――
そこへ届くヒントが、確かに今、与えられた。
「ミレア。深度七への因子調整、始めてくれ」
「なっ……! 無茶よ! 深度七は……今のあなたの肉体じゃ――」
「エファトって男は、俺に言ったんだ。“届いてない”って。なら、届かせなきゃいけない。こいつと、もっと話す必要があるんだ」
「ロイ……」
通信越しのミレアの沈黙が数秒続いた。
やがて、小さく吐息が漏れる。
「……わかったわ。ただし、次は後戻りできない。因子拒絶が始まったら、命の保証は――」
「いらない。俺の命は、もう因子と契約済みだからな」
ロイは、自嘲混じりに笑いながらも、確かな覚悟を持っていた。
(ここまで来たんだ。もう“選ばれなかった”なんて、言わせねぇ)
貴族に生まれなかった。
祝福を受けなかった。
“呪い”しか与えられなかった。
けれど――
(だからこそ、俺は進む)
因子適応装置のコアが起動し、黒紫の光がロイの身体を包む。
その瞬間、脳に直接焼き付けられるような“痛み”が走る。
だがロイは叫ばない。
これは“対話”だ。
(俺はお前を――呪いを、拒絶なんてしない。だからお前も、俺と向き合え)
呪装核が応えるように脈打つ。
ミレアの声が震えながら響いた。
「深度七への因子接続――成功。ロイ、あなたは今……」
「……“呪装適応者”じゃない。“呪装対話者”だ」
言葉が自然に口をついて出る。
何かが、変わったのを感じた。
その時――
ズン……と、世界の底が揺れた。
(……何だ?)
目の前にある空間が、まるで“扉”のように歪む。
空間が開き、かすかに見えたのは、禍々しいまでに静寂な、黒い神殿。
(これは……俺にしか、見えてないのか……?)
因子が、新たな深度を開いた。
ロイだけに許された、**“呪界”**へのアクセス。
世界はまだ、その“深さ”を知らない。
だがロイは、確かに今、そこに足を踏み入れようとしていた――。




