通りすがりの不老騎士
リンク欠損体――通称《黒因子兵》たちは、ロイの適応深度が第六層へ到達したことにより、その行動パターンを急速に変化させていた。
「……こいつら、進化してる……ッ!」
暴走ではない。
むしろ、洗練された動きだ。
呪装適応者と同じく、“因子の使い方”を学び始めている――そう感じさせるほどに。
「適応因子の自律学習機能……冗談じゃない!」
ミレアが制御室で叫ぶ。
「ロイ、ひとまず撤退を――」
「……それができる相手なら、苦労しない」
ロイの目の前に立つ、進化型のリンク欠損体は、かつてのものとは明確に違っていた。
全身を覆う呪装金属が呼吸のたびに蠢き、意思すら宿したように形を変える。
「“言語”を理解しているのか……?」
試しにロイが問うと、その返答は、“言葉”ではなく――
――斬撃だった。
「ッ……!」
振り下ろされた斧のような腕。
それに合わせ、ロイは背後へ跳躍――したはずだった。
(……遅い!?)
一瞬の間合い操作。
重力すら歪めるような因子操作によって、“軌道”そのものが曲げられていた。
《呪装適応・深度六》すら上回る精度。
「化け物め……!」
もはやこれは“人型兵器”ではない。
擬似的な“呪装適応者”そのものだ。
(今の俺じゃ――倒せない……!?)
ロイの中で、初めて“敗北”の二文字がよぎったその瞬間――
キン、という金属音が地下を裂いた。
黒因子兵の斧腕が宙で止まり、次の瞬間には“斬り落とされていた”。
「……何?」
ロイの視線の先。
そこに立っていたのは――
見た目18歳ほどの、漆黒の騎士服をまとう少年だった。
その手に握る剣は、まるで時の流れにすら抗うかのように、朽ち果てずに在り続けている。
「誰だ……?」
ロイが問う。
だが、少年はその問いに答えず、ただ静かに一歩踏み出した。
「……君の“呪い”、なかなかに深い。けれど、まだ“届いていない”」
「……届いてない?」
「因子はね、“使われる”ものじゃない。“対話する”ものだよ」
その言葉と同時に――
黒因子兵が咆哮を上げ、斬撃の雨を放った。
だが、次の瞬間。
すべてが“消えた”。
ロイにはそう見えた。
無数の斬撃が“なかったこと”にされたかのように、静かに――完全に断たれていた。
「な、何をした……?」
「剣を振っただけさ」
少年がそう答えると、朽ちない鉄剣《不老剣》が、かすかに光を残したまま収まる。
その後ろで、黒因子兵の本体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
まるで初めから“存在しなかった”かのように。
(……今のは、何層の適応だ? いや、そもそも……)
ロイの思考が追いつかない。
ミレアが震えた声で通信を入れる。
「ロ、ロイ……あれって……! 本当に人間なんですか……!?」
「……わからねぇ。でも一つだけわかる」
ロイはそう呟く。
「――アイツは、俺たちとは“次元が違う”」
少年――エファト・ストライヴは、ロイに背を向けると、ゆっくりと歩き出す。
「待て! あんた、いったい何者なんだ……!?」
ロイが問う。
その背に、ようやく返ってきた言葉は――
「……ただの、通りすがりの剣士さ」
その声は静かで、どこか懐かしくもあった。
そして彼は、黒因子兵の死体の前に立ち止まり、剣を一度だけ振るうと、それすらも“塵”へと還して去っていった。
ロイは呆然とその背を見送った。
(……あんな存在が、この世界にまだいるのかよ)
呪装適応者すら霞む、“不老の剣”。
その軌跡が、静かに新たな物語を動かし始めていた――。




