呪いの胎動
「ロイ、君は“呪装適応”という能力を……完全に制御できていると思ってるか?」
――その言葉は、静かに、けれど鋭く突き刺さった。
場所は“研究都市アルセイア”の地下にある旧データ保管庫。
かつて《祝福選定試験》が行われていた場所の残骸であり、今は“呪装適応者”や“適応因子”に関する旧資料が厳重に保管されている。
ロイは、メアに導かれてこの地を訪れていた。
情報を得るため。
だが同時に、答えのない疑問に押し潰されそうになっていた――
「呪装適応は、“呪いに耐えられる者”が持つ能力。だが……それだけじゃない。お前のそれは、“世界そのものの圧に反応して”進化している」
「世界の圧……?」
メアは沈んだ目で頷いた。
「祝福の力は、神の代行として人を選別し、世界の秩序を保つために存在した。だがそれが崩れた今……残された“呪い”は本来の役割を失い、暴走し始めている。君の“呪装適応”は、その崩壊の反動に適応し続けている」
「……つまり俺は、崩れていくこの世界にすら“適応してる”ってことか」
「そう。君の能力は、もはやただのスキルではない。“世界そのものにリンクする異常適応因子”――」
メアは、端末に映し出された“因子発現者の特異例”を指差した。
「その因子にはコードがある。《CL-000》――カースリンク・ゼロ。
すべての“適応現象”の始祖だ」
ロイは自分の胸元に手をやった。
そこに刻まれた黒い呪紋は、時折淡く脈動し、生き物のように蠢いている。
「じゃあ……この力は、俺だけのものじゃない。世界全体に、何かが起きようとしてる?」
「すでに起きてるさ」
メアは静かに立ち上がった。
「君が“適応”したその瞬間から、この世界はひとつ、変わってしまった」
ロイが返答をしようとした、その瞬間――
「ロイッ!!」
廊下から叫び声が響いた。
それは《呪装部隊》の少女・ミレアの声だった。
「第一区画……地下保管エリアに侵入者っ! 複数名、全員適応反応アリ!」
ロイはすぐに立ち上がった。
「暴走者か!?」
「いえ、違います! 適応因子は制御されている……でも、妙な呪装を身に着けていて、どうも“意志がない”みたいなんです!」
メアが即座に端末を操作する。
映し出された映像には、ぼろ布をまとった複数の存在がゆらゆらと歩いていた。
その肌は黒く侵食され、瞳は空洞のように虚ろだった。
「これは……“リンク欠損体”か」
「リンク欠損体……?」
「呪装適応に失敗した者が、意識と肉体の制御権を因子に乗っ取られた存在だ。彼らはもう人ではない。だが、逆に“最も純粋な呪装適応体”ともいえる」
ロイは奥歯を噛みしめた。
「つまり、“俺の失敗例”ってことか」
ミレアが不安げに問いかけた。
「どうします? 一斉破壊命令を出しますか?」
「いや――俺が行く」
ロイの瞳が冷たく輝いた。
「“始祖適応体”がどこまで通じるか……俺自身、確かめなきゃならない」
彼は呪装《黒の反転》を解放し、全身に漆黒の波動を纏う。
それは静かに蠢き、呪いと共鳴していた。
《カースリンク起動》
《適応深度:第五層──精神同調開始》
「行こう。“呪いの胎動”が始まったなら、俺が“意味”を与えてやる」
彼の背に、かつてない闘志が宿っていた。




