銀の亡霊
ロイが辺境自治区の混乱を鎮めた翌日。
風は冷たく乾き、空は重たい灰色の雲に覆われていた。
「――中央からの部隊が到着したって?」
「はい。前線審問局の臨時派遣部隊らしいです。鎧に“聖徽”……旧祝福教団の紋章が刻まれていました」
ロイは思わず苦笑した。
(祝福を否定した世界に、“祝福の騎士”が戻ってくるとはな)
世界が変わったからといって、すべてが終わったわけではない。
むしろ、壊れた価値観の残骸が、かえって新たな“正義”を主張し始めていた。
中央広場。
新たな秩序の象徴として設置された塔の前に、その男は立っていた。
白銀の鎧。
鋭い目。
そして、人工的な“祝福反応”を帯びた剣。
――ネク・フレイド。
かつて聖騎士団第七隊の若き副長。
だが今は、“祝福再興派”と呼ばれる地下組織の指導者の一人。
「呪装適応者、ロイ・カースリンク。話がある」
「話が通じる相手には見えないがな」
ロイは軽く肩をすくめる。
だが、ネクの背後には複数の騎士が控えていた。
その胸元には確かに、“再刻された祝福印”が淡く光を帯びている。
「……それ、本物か? 祝福はもう、失われたはずだろ」
「あれは“神の祝福”だった。これは“人の祝福”だ。
神が選ばぬなら、人が人を選ぶ――それの何が悪い?」
「だから、“選ぶ”なって話だよ」
ロイの言葉に、ネクはわずかに目を細めた。
「……お前は、自分がどれだけの混沌を生んだか理解していない。
祝福という枠組みがなくなったことで、どれだけの暴走者が生まれた?
市民は恐れている。“適応者”という名の、異形を」
ロイの表情が硬くなる。
「じゃあ、お前たちはその“異形”を根絶するつもりか。
かつて神が、俺たちを“呪い”として切り捨てたように?」
「正義には秩序が必要だ。自由は責任の上にしか成り立たない。
適応の力が暴走する前に、“ふさわしい者”にだけ力を与えるべきだ」
その言葉を聞いた瞬間、ロイの中に忘れかけていた“怒り”がよみがえった。
「またそれかよ……。
“ふさわしい者”? “選ばれた者”? ふざけんな……ッ!」
ロイは一歩踏み出した。
その瞬間、足元から黒い波紋が広がる。
《呪装・黒の反転》が共鳴を始めた。
《カースリンク反応開始──適応制御:正常》
《抑圧波動出力──20%》
「おいおい……ここでやるつもりか?」
ロイの殺気に気づいたネクの部下たちが一斉に身構える。
だがネクは微動だにせず、ゆっくりと剣を抜いた。
「試すだけだ。お前が“象徴”たるにふさわしいかをな」
次の瞬間、空間が歪んだ。
ネクの剣が走る。鋭い“祝福波”が空気を裂き、ロイの足元をえぐる。
だがロイは反応速度でそれを回避し、逆に距離を詰めた。
「てめぇらの“人工祝福”がどれだけ危ういか、身をもって思い知らせてやるよ!」
呪装から発せられた衝撃波が地面を砕き、ネクを包み込む。
だがその中から、一条の光が逆巻いた。
――ネクの剣が、ロイの頬をかすめていた。
「……やるな」
ロイが不敵に笑う。
「こっちの台詞だ。……お前、本気で“祝福”を再興する気か?」
ネクは剣を下ろすと、一歩だけ距離を取った。
「そうだ。人は、力を制御できなければ破滅する。
“適応”はその門を開きすぎた。……だから、もう一度、秩序を築く」
「それが“人による祝福”か。ふざけてるな。
でもいいぜ。……その覚悟、叩き潰す価値はある」
剣と呪装が触れ合う寸前、遠くから警報が響いた。
《緊急報告! 適応暴走者が第六防区を襲撃!》
ロイとネクは同時に顔を上げる。
「……この続きは後だな」
「ああ。次は、決着をつけよう」
二人は無言で背を向けた。
それぞれの正義を胸に、次なる戦場へと向かっていった。




