新章・第二十五話 殿は、最後に斬る
夜は、
もう騒がなかった。
風も、
木々も、
息を潜めている。
赤い鎧の剣災――
ナオマサが、ゆっくりと剣を構える。
「……来い」
その声に、
もはや余裕はない。
トヨヒサは、
答えない。
剣を下げ、
一歩、前へ出る。
背中が、
重い。
だが――
嫌ではない。
(……来てるな)
(全員分だ)
◆
ナオマサが、
踏み込む。
今までで、
最速。
空間が、
音を立てて裂ける。
――ギンッ!!
剣が、
真正面から噛み合った。
衝撃。
だが、
トヨヒサは退かない。
足が、
地面に根を張る。
「……っ!?」
ナオマサの声が、
初めて揺れた。
剣が、
押し返される。
(……増えている)
(力じゃない)
(意味だ)
◆
ナオマサは、
力で押し切ろうとする。
赤い鎧が、
脈打つ。
剣の眷属の力が、
溢れ出す。
だが――
トヨヒサの剣は、
揺れない。
背後に、
剣が立っている。
見えない剣。
折れた弟子たちの剣。
無念の剣。
それらが、
一本の“背骨”になっている。
トヨヒサは、
低く告げた。
「……ナオマサ」
「お前の剣は、
強ぇ」
一歩、踏み込む。
「だが――」
「一人だ」
◆
その瞬間。
背後で、
風が鳴った。
声はない。
だが、
確かに“在る”。
弟子たちの想いが、
背中を押す。
ナオマサの剣が、
わずかに逸れた。
――その一瞬。
トヨヒサは、
迷わない。
剣を、
横に振る。
力を込めない。
技を誇らない。
ただ――
終わらせる位置で。
――ズン。
音は、
それだけ。
赤い鎧が、
真っ二つに割れた。
◆
ナオマサは、
しばらく立っていた。
赤い鎧が、
砂のように崩れていく。
剣の眷属の気配が、
引き剥がされるように消える。
「……なるほど」
声は、
人の声に戻っていた。
「……数じゃない……」
「……想い、か……」
膝が、
地につく。
ナオマサは、
最後にトヨヒサを見た。
「……殿、だな……」
トヨヒサ
「……ああ」
「だから、
最後だ」
次の瞬間。
ナオマサの身体は、
静かに倒れた。
剣の眷属の力は、
完全に断たれた。
◆
森に、
音が戻る。
風が、
葉を揺らす。
トヨヒサは、
剣を下ろした。
膝は、
つかない。
だが――
深く、息を吐く。
「……終わったぞ」
その言葉に、
誰も答えない。
だが、
背中は軽くなった。
(……置いていけたな)
(ちゃんと)
◆
トヨヒサは、
倒れた弟子たちの前に立つ。
一人ずつ、
剣を拾い――
地面に並べる。
「……悪かったな」
「だが――」
空を見上げる。
「無駄じゃなかった」
風が、
一度だけ強く吹いた。
まるで――
返事のように。
◆
赤い鎧の残骸は、
朝日と共に消えた。
剣災は、
終わった。
だが――
この戦いで生まれたものは、
消えない。
想いを集めて立つ剣。
それが、
殿・トヨヒサの剣だった。
そして――
遠く離れた場所で。
灰王ロイは、
胸の奥に走る痛みと熱を、
確かに感じていた。
(……誰かが、
終わらせたな)
次に剣を取る時。
ロイは、
もう一人ではない。




