新章・第二十四話 折れた剣は、背に立つ
血の匂いが、
まだ消えていなかった。
夜の森に、
倒れた弟子たちの身体が横たわる。
剣は、
折れている。
だが――
置かれてはいない。
トヨヒサは、
その中央に立っていた。
剣を抜かず、
膝もつかず。
ただ、
深く息を吸い込む。
(……来ると思ってた)
(それでも……)
視線を落とす。
一人目。
二人目。
最後の一人。
誰一人、
逃げなかった。
誰一人、
背を向けなかった。
「……すまねぇ」
小さな声だった。
だが、
その瞬間。
空気が、変わった。
◆
最初は、
錯覚だと思った。
背中が、
重い。
鎧を着たわけでもない。
祝福を受けたわけでもない。
なのに――
立っている理由が増えていく。
(……何だ、これ)
トヨヒサの足元に、
微かな光が灯る。
赤でも、
白でもない。
温度のある光。
弟子たちの剣から、
静かに、
何かが立ち上っていく。
恨みではない。
怒りでもない。
「……師は」
「……殿は」
「……最後まで」
言葉にならない声。
それが、
想いとして、
トヨヒサに集まってくる。
◆
トヨヒサは、
理解した。
(……ああ)
(これか)
(ロイが言ってた――
“祝福が効かねぇ力”)
(想いは、
誰にも奪えねぇ)
剣を、
ゆっくりと抜く。
刃が、
いつもより澄んでいる。
だが、
軽くはない。
背負っているからだ。
◆
ナオマサの声が、
闇の奥から響く。
「……立つのが、
遅いですね」
赤い鎧が、
再び姿を現す。
「仲間を失った重さか」
トヨヒサは、
視線を上げる。
「……違う」
一歩、踏み出す。
地面が、
きしんだ。
「増えた」
ナオマサの目が、
細くなる。
「……何を?」
トヨヒサ
「立つ理由だ」
◆
剣を構える。
だが、
構えがない。
前にも、
後ろにも偏らない。
ただ、
そこに在る。
ナオマサの剣圧が、
押し寄せる。
今までなら、
一歩下がっていた。
だが――
下がらない。
背中に、
剣がある。
倒れた弟子たちの剣。
無念で、
終わった剣。
(……悪いな)
(借りるぞ)
◆
ナオマサが、
踏み込む。
世界が、
再び裂ける。
だが今回は――
止まった。
剣と剣が、
噛み合う。
初めて。
ナオマサの一撃が、
完全に止められた。
「……っ!?」
赤い鎧が、
軋む。
トヨヒサは、
低く言う。
「一人分の剣は、
折れた」
「二人分も、
折れた」
「だが――」
力が、
足元から立ち上る。
「想いは、
折れてねぇ」
◆
ナオマサは、
一歩下がった。
ほんの、
半歩。
だが――
それは、
初めての後退だった。
「……面白い」
赤い鎧が、
脈打つ。
「それが、
“人の力”か」
トヨヒサ
「ああ」
剣を、
真っ直ぐ向ける。
「大御心ってやつだ」
「想いを集めて、
立つ」
「……それだけだ」
◆
風が、
静かに吹いた。
倒れた弟子たちの剣が、
微かに鳴る。
まるで――
背中を押すように。
トヨヒサは、
もう迷っていなかった。
殿は、
最後に立つ者。
だが――
最後に立つ理由を、
一人で持つ必要はない。
次の一太刀で、
何かが終わる。
それを、
トヨヒサは確信していた。




