新章・第二十三話 赤き剣は、数を嗤う
最初に感じたのは、
音ではなかった。
空気が、
重くなる。
まるで、
剣塚の谷そのものが
息を止めたかのように。
「……来るぞ」
トヨヒサが、低く告げる。
カネヅグの弟子たちは、
即座に散開した。
――判断は、正しい。
だが。
意味は、なかった。
◆
赤い鎧が、
闇の中から歩いてくる。
足音は、ひとつ。
だが、
圧は複数。
「……ナオマサ……」
弟子の一人が、
喉を鳴らした。
(師と戦った時より……)
(……違う)
(比べものにならない)
ナオマサは、
剣を抜かない。
ただ、
立っている。
それだけで――
弟子の一人が、
膝をついた。
「……っ!?」
理由はない。
祝福も、魔術もない。
剣に触れられた感覚だけ。
◆
「行くぞ!」
最初に踏み込んだのは、
カネヅグの長弟子。
師から最も多くを学び、
剣塚の谷でも
“次代”と呼ばれた男。
――一太刀。
完璧だった。
だが。
ナオマサは、
動かない。
剣が、
ナオマサの首に届く前に――
「……遅い」
声と同時に、
弟子の身体がずれた。
否。
斬られてから、
倒れるまでに時間がかかっただけ。
首と胴が、
一拍遅れて分かれる。
血が、
音を立てて落ちる。
「……な……」
誰かの声が、
途中で途切れた。
◆
二人目。
間合いを詰めず、
遠間から斬撃を飛ばす。
――正しい。
だが。
赤い鎧が、
軋んだだけ。
次の瞬間。
ナオマサの剣が、
消えた。
弟子の胸に、
赤い線。
「……師より……」
言葉を残す間もなく、
身体が崩れ落ちる。
ナオマサは、
初めて剣を振った。
それだけで、
二人が死んだ。
◆
「……散れ!!」
残る弟子たちが、
必死に叫ぶ。
囲む。
連携する。
かつて剣鬼を殺した戦術。
だが――
ナオマサは、
その中心に立ったまま、
静かに言う。
「……知っている」
「それ」
赤い鎧が、
脈打つ。
剣の眷属の力が、
完全に流れ込む。
「もう、効かない」
一歩。
それだけで、
一人が真っ二つ。
振り向きざま、
もう一人の腕が落ちる。
叫びは、
途中で消えた。
◆
最後に残った弟子は、
歯を食いしばり、
剣を構えた。
涙も、
恐怖も、
すでに越えている。
「……師は」
声が、震える。
「あなたに……
こんな剣は……」
ナオマサは、
初めてその弟子を見た。
「……知っている」
そして――
一瞬だけ、剣を止めた。
「だから、
殺す」
剣が、
振り下ろされる。
最後の弟子は、
剣ごと断たれた。
◆
静寂。
赤い鎧に、
血は付かない。
すべて、
世界の方が裂けただけだから。
トヨヒサは、
一歩も動かなかった。
拳を、
強く握りしめる。
(……これが)
(剣の眷属の“最後の剣”)
ナオマサは、
剣を納め、
トヨヒサを見る。
「……次は」
一拍。
「あなたです」
トヨヒサは、
静かに答える。
「……ああ」
「殿は、最後だ」
赤い鎧が、
闇に溶ける。
残ったのは――
倒れた弟子たちと、
次の戦いを待つ剣だけ。
この夜。
カネヅグの剣は、
完全に折れた。
だが――
その折れ方は、
無駄ではなかった。
トヨヒサの背に、
確かな重みとして、
残っている。




