新章・第二十話 名は、届く
灰王連合の仮設陣地。
ロイは、
焚き火の前に座り込んでいた。
立てる。
歩ける。
だが――
剣を振るえば、確実に死ぬ。
それが、今の自分だと
嫌でも分かっている。
「……ちっ」
拳を握り、
力が入らない事を確かめてから、
また開く。
「ほんと、
中途半端だな……」
その時。
アークが、
外から戻ってきた。
珍しく、
少しだけ興奮した顔で。
「ロイ」
「聞いてほしい話がある」
ロイ
「珍しいな」
「面白い話か?」
アーク
「……多分、
君が気に入る」
◆
アークは、
簡単に話した。
剣鬼の娘。
守護騎士になった少女。
イシバ家を排除するために動いた話。
そして――
最後に、その名を告げる。
「……殿を務めた剣士の名は」
「トヨヒサ」
ロイの手が、
ぴたりと止まった。
「……は?」
アーク
「元はトヨフサと名乗っていたそうだ」
「村の名誉騎士として、
名を置いていったらしい」
ロイは、
しばらく黙り――
やがて、吹き出した。
「……はは」
「そっか」
肩をすくめる。
「あいつ、
ちゃんと“置いてきた”んだな」
アーク
「……知っているんですか」
ロイ
「会った事はねぇ」
「でも……」
空を見上げる。
「分かる」
「殿に向いてる奴ってのは、
前に出ねぇ」
「最後に、
名前だけ残す」
アークは、
少しだけ微笑んだ。
「……あなたも、
似たところがあります」
ロイ
「悪口だな」
◆
夜。
ロイは、
一人で外に出た。
遠くの山影。
剣塚の谷がある方向。
(……トヨヒサ、か)
(いい名だ)
剣を振れない今の自分が、
誰かの剣を想う。
それは、
不思議な感覚だった。
「……負けてらんねぇな」
誰にともなく呟く。
歩けるだけで、
今はいい。
次に剣を振る時は、
置くためじゃなく、
取り戻すためだ。
◆
――同じ頃。
剣塚の谷の外縁。
血の匂いが、
まだ新しい。
地に伏しているのは、
一人の剣豪。
名は、
カネツグ。
最後まで、
剣の眷属に抗った男。
その胸に、
深く突き刺さった刃を引き抜きながら、
男が立ち上がる。
赤い鎧。
魔力を纏った刃。
魔剣士・直政。
剣の眷属の前に、
静かに跪く。
「……終わりました」
剣の眷属は、
満足げに言った。
『これで、
三人の剣豪は全て消えた』
『残るは――』
視線が、
遠くを向く。
『トヨヒサ』
直政の口元が、
わずかに歪む。
「……名を持つ剣、ですか」
『そうだ』
『だからこそ、
斬り甲斐がある』
カネツグの血が、
地に染み込む。
剣の眷属は、
最後にこう告げた。
『次は、
“名を置いた剣”を折る』
『そして――』
『灰王が、
再び剣を取る前に』
闇が、
ゆっくりと閉じる。




