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新章・第十九話 名を置く剣

村の朝は、静かだった。


戦の名残はまだある。

壊れた柵。

踏み固められた地面。


それでも――

人々は、普通に一日を始めていた。


トヨフサは、

その様子を少し離れた場所から眺めていた。


(……ここは、もう大丈夫だな)



広場に、人が集まる。


昨日より多い。

村のほとんど全員だった。


年配の男が、

一歩前に出る。


「トヨフサ殿」


その呼び方に、

トヨフサは少しだけ眉を動かした。


「堅ぇな」


男は、

小さく笑ってから、

続けた。


「この村は、

 剣鬼殿の剣で守られ」


「そして――

 あなたの剣で、

 生き延びました」


ざわめき。


否定する声は、

一つもない。


男は、

一枚の木札を差し出した。


そこには、

簡素な紋が彫られている。


「正式なものではありません」


「ですが――」


男は、

はっきりと告げた。


「この村は、

 あなたを名誉騎士として迎えたい」


トヨフサは、

一瞬だけ黙った。


そして、

ゆっくりと首を振る。


「……俺は、

 ここに残れねぇ」


「承知しています」


「だからこそ、です」



ニアが、

一歩前に出た。


新しい剣を携え、

もう“逃げてきた娘”ではない立ち姿。


「……トヨフサ」


呼び捨てだった。


「あなたは、

 この村の剣でした」


「でも……

 ここに縛られる剣じゃない」


トヨフサ

「……」


ニアは、

少し迷ってから、言った。


「だから――」


「名前を、置いていってください」


トヨフサは、

目を見開いた。


「名前?」


年配の男が、

静かに続ける。


「剣鬼殿の名は、

 この村に残っています」


「守った剣として」


「なら――」


「あなたの剣も、

 名として残したい」


トヨフサは、

空を見上げた。


(……名、か)


今まで、

名を背負って剣を振ったことはない。


だが――

この村では、

剣は人と結びついていた。



トヨフサは、

木札を受け取った。


「……トヨフサって名はな」


「流れ者の名だ」


「戦場向きだ」


村人たちが、

息を呑む。


トヨフサは、

続けた。


「だが――」


視線を、

ニアに向ける。


「この村に置くなら、

 別の名がいい」


ニア

「……?」


トヨフサ

「トヨヒサ」


「久しく、

 ここが無事であるように」


「……そんな願いを、

 込めてくれ」


一瞬の沈黙。


次の瞬間。


「……ああ」

「いい名だ」

「守る名だ」


村人たちが、

深く頷いた。


年配の男が、

胸に手を当てる。


「では――」


「ここに宣言します」


「トヨヒサ殿を、

 本村の名誉騎士とする」



ニアが、

一歩下がり――

深く、頭を下げた。


「……ありがとうございます」


トヨヒサは、

照れくさそうに頭を掻く。


「……剣は置かねぇぞ」


ニア

「分かっています」


「あなたは――

 行く剣ですから」



その日の昼。


トヨヒサは、

村を発った。


背中に、

剣。


だが――

村の入口には、

小さな木札が掲げられている。


名誉騎士

トヨヒサ


名は、

ここに残った。


剣は、

先へ進む。


トヨヒサは、

振り返らない。


だが――

その一歩は、

少しだけ軽かった。


(……悪くねぇ)


剣塚の谷は、

まだ先だ。


だが、

この名がある限り――

帰る場所は、出来た。

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