新章・第十七話 剣は、ここで終わる
夜が、完全に明けきらない。
森の奥で、
人外となった剣聖が立っていた。
剣と融合した右腕。
歪んだ祝福の紋様。
もはや騎士でも、人でもない。
「……来い」
声は、二重に重なる。
「誇りの剣で、
どこまでやれるか見せてみろ」
トヨフサは、
ゆっくりと前へ出た。
剣を構える。
もう、殿ではない。
守る背中も、
逃がす者もいない。
ここは――
剣士同士の終点。
◆
剣聖が踏み込む。
今までとは違う。
速さでも、
重さでもない。
世界を削る剣。
一太刀ごとに、
空間が裂ける。
トヨフサは、
受けきれない。
避ける。
流す。
それでも、
傷が増える。
「……どうした!」
剣聖が叫ぶ。
「止める剣だろう!
なら――止めてみろ!!」
トヨフサは、
息を整える。
(……焦るな)
(止めるってのは――)
(全部受けることじゃねぇ)
◆
その時。
背後で、
風が止んだ。
剣聖の兄の霊が、
最後に姿を現す。
だが、
もう言葉はない。
ただ――
剣を置く姿勢を見せる。
踏み込みすぎない。
構えすぎない。
「……そうか」
トヨフサは、
小さく呟いた。
「止めるってのは……
終わらせる場所を決めることだ」
◆
剣聖が、
最後の力で突っ込む。
「勝てばいい!!
それだけだぁぁ!!」
剣が、
巨大な一本の“線”になる。
トヨフサは、
一歩も下がらない。
踏み込む。
――ただ一歩。
剣を、
横に振る。
力も、
技も、
誇張はない。
だが――
剣聖の剣の“根”を斬った。
音が、
一瞬遅れて届く。
――ズン。
人外剣聖の身体が、
真っ二つに割れた。
◆
剣聖は、
その場に立ったまま、
崩れない。
だが、
力は流れ落ちていく。
「……兄、か……」
声が、
元の人の声に戻る。
「……俺は……」
剣聖の兄の霊が、
静かに頷いた。
『……もう、いい』
剣聖は、
空を見上げ――
力なく、笑った。
「……剣を……
信じてみれば……
よかったな……」
次の瞬間。
身体は、
静かに崩れ落ち、
剣だけが地面に残った。
剣の眷属の気配は、
完全に消えていた。
◆
トヨフサは、
剣を下ろした。
息が、
大きく漏れる。
「……終わったぞ」
その声に、
森の奥から人影が現れる。
ニアだった。
震えながら、
それでも、
まっすぐ歩いてくる。
地面に残った剣を見て、
深く、頭を下げた。
「……父の仇は……」
トヨフサ
「ああ」
「剣士として、
終わらせた」
ニアは、
目を閉じ――
静かに泣いた。
叫ばない。
怒らない。
それが、
剣鬼の娘の弔いだった。
◆
剣聖の兄の霊は、
最後にトヨフサを見た。
『ありがとう』
『弟は……
これで、剣から解放された』
その姿は、
朝の光に溶けて消える。
◆
トヨフサは、
剣を拭い、鞘に収める。
「……行くか」
ニアが、
小さく頷く。
「はい」
二人は、
剣塚の谷へ向かう道へ戻る。
背後には、
斬られた誇りなき剣。
前には、
まだ折れていない剣。
この戦いで、
トヨフサは理解した。
殿とは、
最後に立つ者ではない。
最後に、
終わらせる者だ。




