新章・第十五話 剣が、人を捨てる瞬間
森が、静まり返っていた。
逃げた祝福騎士団の気配は、
完全に消えている。
その中心に――
トヨフサは、まだ立っていた。
剣を下ろさず、
背中を向けず。
殿の役目を、
最後まで解かない姿勢。
その時。
「……見事だ」
拍手が、一つ。
丘の上から、
一人の男が歩み出てきた。
西洋剣聖。
豪奢な鎧。
だが、歩き方は軽い。
(……来たか)
トヨフサは、
ゆっくりと正面を向く。
剣聖
「一人で、
あれだけの数を退かせるとは」
「人としては、
称賛に値する」
トヨフサ
「……人として、か」
剣を構え直す。
「剣士としては?」
剣聖の口元が、
わずかに歪む。
「――失格だ」
◆
剣聖が、踏み込む。
速い。
祝福と、
剣の眷属から与えられた力。
人の域を、
すでに超えている。
だが――
カンッ!!
トヨフサの刀が、
正確に受け止めた。
一歩も、下がらない。
剣聖
「……ほう?」
二太刀目。
三太刀目。
すべて、止まる。
斬撃は鋭い。
だが、
剣の行き先が読まれている。
トヨフサ
「……軽いな」
剣聖
「何?」
トヨフサ
「剣が、
目的を持ってねぇ」
踏み込む。
――ドンッ!!
一閃。
剣聖の鎧が、
横一文字に裂けた。
「……っ!?」
後退。
初めて、
剣聖の足が下がる。
剣聖
「……馬鹿な……」
「祝福と……
眷属の力を……」
トヨフサ
「借り物だろ」
静かに言う。
「だから、
立ち方が定まらねぇ」
◆
剣聖は、
歯を食いしばる。
再び踏み込む。
力任せの一撃。
だが――
トヨフサは、避けない。
真正面から、斬り返す。
――ズン。
衝撃。
剣聖の身体が、
吹き飛ばされた。
地面を転がり、
木に叩きつけられる。
トヨフサは、
剣を下ろさない。
「……ここまでだ」
剣聖は、
膝をついたまま笑った。
「……なるほど」
血を吐きながら、
顔を上げる。
「人の剣では、
勝てんか」
トヨフサ
「……ああ」
「誇りを捨てた時点で、
もう詰んでる」
◆
剣聖の視線が、
歪む。
怒りではない。
恐怖でもない。
理解だ。
(……このままでは、死ぬ)
その瞬間。
剣聖は、
剣を地面に突き立てた。
「……出ろ」
低い声。
「剣の眷属」
空気が、
軋む。
剣が、
世界の裏側から引き抜かれる感覚。
『――まだ、人をやめる覚悟はあるか』
剣聖
「……ある」
即答。
「勝てるなら、
何でもいい」
トヨフサの目が、
細くなる。
「……それが、
答えか」
◆
剣聖の身体が、
歪み始めた。
骨が鳴る。
皮膚が裂ける。
祝福と、
剣の眷属の力が、
無理矢理融合する。
角。
黒い紋様。
剣と同化する腕。
もはや、
人ではない。
剣聖
「……これでいい」
声が、
二重に響く。
「人で勝てぬなら……
剣になる」
トヨフサは、
一歩だけ下がった。
――初めて。
「……なるほどな」
剣を、
深く構える。
「次は、
斬る意味が変わる」
剣聖は、
歪んだ笑みを浮かべる。
「逃げると思ったか?」
トヨフサ
「いや」
「逃げねぇだろ」
「……逃げたのは、
もう一回終わってる」
二人の間で、
剣が鳴る。
人と、人外。
誇りと、
勝利だけを求める剣。
決着は、
まだ先。
だが――
人としての剣聖は、
この瞬間、完全に敗北した。
次に斬られるのは、
その“姿”そのものだ。




