新章・第十三話 殿(しんがり)が立つ場所
夜明け前。
村の外れに、
揃いすぎた音が響いた。
鉄靴。
鎧。
旗。
トヨフサは、
丘の上からそれを見下ろす。
「……来たな」
先頭に掲げられた旗。
白地に刻まれた紋章は、
見覚えがあった。
イシバ家の家紋。
祝福騎士団の中でも、
“正しさ”を盾に
最も汚れた仕事を引き受ける家。
セレナが、息を呑む。
「……イシバ家……」
ニアの顔から、
血の気が引いた。
「あの紋……
父を囲んだ……」
◆
騎士団は、
一切の交渉をしなかった。
号令も、
警告もない。
代わりに――
村の外周へ散開する。
逃げ道を、
最初から塞ぐ陣形。
トヨフサは、
即座に判断した。
「……全員、逃げろ」
村人たちが、
一斉にざわめく。
「北の獣道だ!」
「子供を先に!」
「荷は捨てろ!」
ニアが、
歯を食いしばる。
「……また……」
トヨフサは、
彼女の肩に手を置いた。
「今回は、違う」
短く。
「殿がいる」
◆
祝福騎士の一団が、
村へ踏み込もうとした瞬間。
――ズン。
空気が、
一段重くなった。
トヨフサが、
道の中央に立っていた。
剣を抜く。
その瞬間――
しっくり来た。
理由は、分からない。
だが、
足の位置。
重心。
背中の感覚。
(……ここだ)
(前じゃねぇ)
(ここが、一番強ぇ)
剣聖の騎士が、嘲る。
「一人か?」
「祝福も持たぬ身で、
我らを止めるつもりか」
トヨフサは、
一歩も動かない。
「止める気はねぇ」
静かに言う。
「通す気がねぇだけだ」
次の瞬間。
騎士たちが、
一斉に女子供の方へ向きを変えた。
――いつもの手口。
トヨフサの目が、
冷たく細くなる。
「……来た」
剣を、
横一線に振る。
斬撃は、
騎士を狙っていない。
地面。
――ズガァン!!
道が、
完全に断ち割れた。
騎士団の先頭が、
足を止める。
「な……!」
トヨフサは、
前へ出ない。
下がらない。
殿の位置に、
ただ立つ。
(……妙だな)
剣が、軽い。
身体が、
いつもより前に出ない。
だが――
倒れない。
(……ああ)
(俺、
こういうの得意だ)
◆
祝福の光が、
トヨフサを包もうとする。
だが――
弾かれる。
「何だ……!」
トヨフサは、
一歩踏み込む。
斬るのは、
騎士の剣だけ。
――ガァン!
――ガァン!
刃が、
次々と叩き落とされる。
倒さない。
追わない。
ただ、
通さない。
その背後で――
村人たちが、
確実に距離を取っていく。
ニアが、
最後に振り返った。
トヨフサの背中。
一人なのに、
道を塞いでいる背中。
(……父と、同じ……)
◆
騎士団の後方。
豪奢な鎧の男が、
その様子を見ていた。
西洋剣聖。
「……ほう」
「殿を選んだか」
口元が、歪む。
「誇りを真似るのは、
嫌いじゃない」
だが、
剣聖は剣を抜かない。
まだ、だ。
騎士団に命じる。
「回り込め」
「女子供を追え」
トヨフサが、
深く息を吸う。
剣を、
構え直す。
しっくり来る。
不思議なほど。
(……なるほど)
(前に出る剣じゃねぇ)
(残る剣だ)
次の瞬間。
トヨフサは、
一人で全方向を敵に回した。
だが――
その足は、
一歩も引かない。
殿は、
逃げるために立つ。
そして――
最後に斬るために、
生き残る。
村の灯りが、
森の奥へ消えていく。
トヨフサは、
それを見届けてから――
ゆっくりと、笑った。
「……上等だ」
「ここから先は、
俺の仕事だ」
剣聖の騎士団が、
一斉に踏み込む。
イシバ家の紋章が、
朝靄の中で揺れた。
――次に斬られるのは、
誇りを踏み潰してきた
その紋章そのものだ。




