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新章・第十三話 殿(しんがり)が立つ場所



夜明け前。


村の外れに、

揃いすぎた音が響いた。


鉄靴。

鎧。

旗。


トヨフサは、

丘の上からそれを見下ろす。


「……来たな」


先頭に掲げられた旗。


白地に刻まれた紋章は、

見覚えがあった。


イシバ家の家紋。


祝福騎士団の中でも、

“正しさ”を盾に

最も汚れた仕事を引き受ける家。


セレナが、息を呑む。


「……イシバ家……」


ニアの顔から、

血の気が引いた。


「あの紋……

 父を囲んだ……」



騎士団は、

一切の交渉をしなかった。


号令も、

警告もない。


代わりに――

村の外周へ散開する。


逃げ道を、

最初から塞ぐ陣形。


トヨフサは、

即座に判断した。


「……全員、逃げろ」


村人たちが、

一斉にざわめく。


「北の獣道だ!」


「子供を先に!」


「荷は捨てろ!」


ニアが、

歯を食いしばる。


「……また……」


トヨフサは、

彼女の肩に手を置いた。


「今回は、違う」


短く。


殿トヨフサがいる」



祝福騎士の一団が、

村へ踏み込もうとした瞬間。


――ズン。


空気が、

一段重くなった。


トヨフサが、

道の中央に立っていた。


剣を抜く。


その瞬間――

しっくり来た。


理由は、分からない。


だが、

足の位置。

重心。

背中の感覚。


(……ここだ)


(前じゃねぇ)


(ここが、一番強ぇ)


剣聖の騎士が、嘲る。


「一人か?」


「祝福も持たぬ身で、

 我らを止めるつもりか」


トヨフサは、

一歩も動かない。


「止める気はねぇ」


静かに言う。


「通す気がねぇだけだ」


次の瞬間。


騎士たちが、

一斉に女子供の方へ向きを変えた。


――いつもの手口。


トヨフサの目が、

冷たく細くなる。


「……来た」


剣を、

横一線に振る。


斬撃は、

騎士を狙っていない。


地面。


――ズガァン!!


道が、

完全に断ち割れた。


騎士団の先頭が、

足を止める。


「な……!」


トヨフサは、

前へ出ない。


下がらない。


殿の位置に、

ただ立つ。


(……妙だな)


剣が、軽い。


身体が、

いつもより前に出ない。


だが――

倒れない。


(……ああ)


(俺、

 こういうの得意だ)



祝福の光が、

トヨフサを包もうとする。


だが――

弾かれる。


「何だ……!」


トヨフサは、

一歩踏み込む。


斬るのは、

騎士の剣だけ。


――ガァン!


――ガァン!


刃が、

次々と叩き落とされる。


倒さない。

追わない。


ただ、

通さない。


その背後で――

村人たちが、

確実に距離を取っていく。


ニアが、

最後に振り返った。


トヨフサの背中。


一人なのに、

道を塞いでいる背中。


(……父と、同じ……)



騎士団の後方。


豪奢な鎧の男が、

その様子を見ていた。


西洋剣聖。


「……ほう」


「殿を選んだか」


口元が、歪む。


「誇りを真似るのは、

 嫌いじゃない」


だが、

剣聖は剣を抜かない。


まだ、だ。


騎士団に命じる。


「回り込め」


「女子供を追え」


トヨフサが、

深く息を吸う。


剣を、

構え直す。


しっくり来る。


不思議なほど。


(……なるほど)


(前に出る剣じゃねぇ)


(残る剣だ)


次の瞬間。


トヨフサは、

一人で全方向を敵に回した。


だが――

その足は、

一歩も引かない。


殿は、

逃げるために立つ。


そして――

最後に斬るために、

 生き残る。


村の灯りが、

森の奥へ消えていく。


トヨフサは、

それを見届けてから――

ゆっくりと、笑った。


「……上等だ」


「ここから先は、

 俺の仕事だ」


剣聖の騎士団が、

一斉に踏み込む。


イシバ家の紋章が、

朝靄の中で揺れた。


――次に斬られるのは、

誇りを踏み潰してきた

その紋章そのものだ。

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