新章・第十二話 逃げ延びた場所
村は、地図にすら載らない場所にあった。
山と山の隙間。
獣道の先。
わざわざ“選ばなければ辿り着けない”土地。
トヨフサは、村の入口で足を止めた。
「……ここだな」
ニアが、わずかに震える息を吐く。
「……はい」
柵は簡素。
だが、新しい。
家々も、急ごしらえだと分かる。
それでも――
人の気配が、確かにあった。
子供の笑い声。
水を汲む音。
鍋の匂い。
“生き延びた村”の音だった。
◆
最初に気づいたのは、年配の女性だった。
「あ……」
視線が、
ニアに釘付けになる。
「……ニア?」
その名を呼ばれた瞬間、
ニアの足が止まった。
「……おばさん……」
次の瞬間、
人が集まる。
老人。
母親。
子供たち。
泣く者はいない。
叫ぶ者もいない。
ただ――
確かめるように、触れる。
「生きてた……」
「本当に……」
ニアは、
何度も頷いた。
「……父が」
言葉が、詰まる。
だが、
誰も続きを求めなかった。
分かっていたからだ。
◆
夜。
村の広場で、
小さな火が焚かれる。
食事は質素だが、
十分だった。
トヨフサは、
端に腰を下ろし、周囲を見渡す。
(……ここは)
(戦場じゃない)
(だからこそ――)
セレナが、
静かに言う。
「……嫌な感じがします」
トヨフサ
「ああ」
視線を、
村の外へ向ける。
「逃げた場所は、
追われる場所でもある」
ニアは、
焚き火の向こうで拳を握っていた。
「……ここは」
声が、低い。
「父が……
“ここまで行け”って」
「女子供を……
押し出すみたいに……」
トヨフサは、
ゆっくりと言った。
「いい場所だ」
ニア
「……でも」
トヨフサ
「だからこそ、
目立つ」
セレナが、
はっとする。
「剣聖は……」
トヨフサ
「ああ」
「剣鬼が守った“命”を、
もう一度叩きに来る」
◆
その夜。
トヨフサは、
眠らなかった。
村の外れ。
丘の上。
剣を地面に突き立て、
夜を見張る。
風が、変わった。
遠くで――
鉄の音。
(……来るな)
(だが、
来る理由は十分だ)
剣鬼が命を賭して逃がした村。
剣聖にとっては――
消さなければならない証拠。
トヨフサは、
静かに呟く。
「……ニア」
「これは、
逃げる戦いになる」
「それでも――」
剣を握る。
「今度は、
守る側が一人じゃない」
村の灯りが、
小さく揺れている。
まだ、
何も起きていない。
だが――
剣聖は、
必ずここへ来る。
次の夜明けは、
剣を選ぶ夜明けになる。




