新章・第十一話 剣を捨てた者に、剣が与えられる
――私は、剣を信じていなかった。
兄は信じていた。
剣に誇りがあり、
剣に意味があり、
剣士とはそうあるべきだと。
だから――
殺した。
夜。
酒を勧め、
背後から喉を裂いた。
剣は使わない。
剣は、
信じている者が持つものだ。
私は、勝つために生きる。
◆
剣聖と呼ばれるようになってから、
私は一度も正面で負けていない。
祝福。
騎士団。
数。
それだけあれば、
剣など不要だった。
だが――
剣鬼は違った。
里の中央に立つその男を見た瞬間、
理解した。
(……勝てない)
一対一では、
絶対に。
剣鬼の剣は、
正しく、
迷いがなく、
私の“勝ち筋”をすべて潰していた。
だから、迷わなかった。
「囲め」
剣鬼は、
静かに言った。
「……剣士の戦いではないな」
私は、笑った。
「剣士の戦いなど、
勝った者が決める」
◆
私は、
最初から剣鬼を狙っていなかった。
狙ったのは――
里だ。
女子供。
逃げ惑う背中。
「斬れ」
騎士たちが、
躊躇いながらも剣を振る。
剣鬼が、
咆哮した。
「やめろォォォ!!」
剣が舞う。
剣鬼は、
私ではなく――
里を守る位置に立った。
(そうだ)
(それでいい)
守る剣は、
遅れる。
背中が、空く。
「今だ」
背後から、
騎士の剣が突き立つ。
剣鬼は、
それでも立ち続けた。
「……子供を……
逃がせ……」
私は、
その姿を見て確信した。
(ああ)
(この男は、
剣に殉じる)
だから――
剣に殺されるべきだ。
最後の一太刀は、
私が振る必要すらなかった。
◆
夜。
焼け落ちた里の跡。
剣鬼の死体の前で、
私は立っていた。
勝った。
だが――
胸の奥が、冷たい。
(……次は、俺か)
その時。
剣が、そこにあった。
否。
剣の“形をした意思”。
剣の眷属。
『卑怯だな』
私は、即座に膝をついた。
「勝ちました」
『剣鬼に、
正面では勝てなかった』
否定できない。
『だから、数を使った』
「はい」
『だから、
剣を捨てた』
私は、
一切の躊躇なく答えた。
「はい」
剣の眷属は、
わずかに愉快そうだった。
『……良い』
『剣を信じぬ者は、
剣を“使える”』
『人の限界を超えたいか』
答えは、決まっている。
「当然です」
◆
剣が、
私の中に流れ込んだ。
骨が、軋む。
血が、沸く。
祝福とは違う。
呪いでもない。
理そのものが、歪められる感覚。
『剣は、
斬るためのものではない』
『勝つための“現象”だ』
私は、
笑った。
(……これでいい)
(これで、
剣鬼のような剣士も、
正面から潰せる)
私は、
もう人ではない。
剣を利用する存在だ。
◆
だから。
剣鬼の娘が生きていようと、
祝福なき剣が迫っていようと、
恐れはない。
私は、
数で潰す。
力で潰す。
剣の眷属から与えられた力で、
誇りを信じる剣を、
すべて叩き折る。
それが――
私の剣。
それが――
私が剣聖である理由だ。




