新章・第八話 祈りは、剣のそばにある
夜。
焚き火は小さく、
風を避けるように組まれていた。
トヨフサは、
岩に腰を下ろし――
そこで初めて、深く息を吐いた。
「……効いてきたな」
肩。
脇腹。
沈玄との剣戟で刻まれた傷。
動けないほどではない。
だが、確実に“溜まっている”。
セレナは、
何も言わずに近づいた。
「少し、失礼します」
トヨフサ
「ん?」
彼女は膝をつき、
包帯を取り出す。
祝福陣は、展開しない。
光も、音もない。
ただ――
手が、温かい。
セレナ
「……痛みますか」
トヨフサ
「まあ、それなりに」
セレナ
「そうですか」
淡々と答えながら、
傷を洗い、布を当てる。
トヨフサは、
ふと気づいた。
(……落ち着くな)
剣を握っている時とは、
違う呼吸になる。
◆
包帯を巻き終えた後。
セレナは、
焚き火の前に座り、
目を閉じた。
両手を胸の前で重ねる。
祈り。
だが――
祝福ではない。
空気は、何も変わらない。
光も、力の奔流もない。
それでも。
トヨフサは、
はっきりと感じていた。
(……身体が、軽い)
血の巡りが、
少しずつ整っていく。
痛みが、
“邪魔にならない位置”へ退く。
トヨフサ
「……なあ」
セレナ
「はい」
トヨフサ
「今の、何だ?」
セレナは、
目を閉じたまま答える。
「祈りです」
トヨフサ
「祝福じゃねぇよな」
セレナ
「はい」
少しだけ、
言葉を選ぶ。
「祝福は、
外から“変える”力です」
「でも、これは――
内側が、戻ろうとするのを
邪魔しないだけ」
トヨフサ
「……なるほど」
納得したように頷く。
「だから、
俺にも効くのか」
セレナ
「はい」
「あなたの剣と、
同じです」
トヨフサ
「?」
セレナ
「無理に上書きしない」
「在り方を、
そのまま通す」
トヨフサは、
焚き火を見る。
「……ロイさんが、
お前を選ぶわけだ」
セレナは、
一瞬だけ目を開けた。
「……光栄です」
◆
しばらくして。
トヨフサは、
立ち上がり、軽く身体を動かす。
「……お」
腕が、上がる。
踏み込みも、問題ない。
「十分だ」
セレナ
「無理は、しないでください」
トヨフサ
「しねぇよ」
少し笑って。
「無理して剣振るのは、
三流だ」
セレナは、
小さく微笑んだ。
(この人……)
(本当に、
前に立つ人なんだ)
◆
夜が更ける。
二人は、
焚き火を挟んで座る。
トヨフサ
「なあ、セレナ」
セレナ
「はい」
トヨフサ
「剣塚の谷まで、
まだ遠いな」
セレナ
「……はい」
トヨフサ
「でも、
ここまでは来た」
剣に手を置く。
「俺が斬る」
視線を上げる。
「お前は、
戻してくれ」
セレナは、
静かに頷いた。
「はい」
「それが、
私の剣ですから」
焚き火が、
静かに燃える。
剣と祈り。
どちらも、
前に出すための力。
この旅は、
もう一人ではない。




