◆ 第160話 ──時間停止《完成形》
祝福の塔が、軋んだ。
Ωの背後で、
祝福の歯車が逆回転を始める。
「学習、完了。」
Ωの声は静かだったが、
その一言で、塔の祝福密度が跳ね上がった。
「祝福時間支配
──完成形。」
その瞬間。
音が、消えた。
いや――
音どころではない。
光が止まり、
影が止まり、
概念そのものが固定された。
時間が止まる、というより――
“時間という仕組みが、一度畳まれた”。
アークの視界は真っ白になり、
次の瞬間、思考すら途切れた。
リリィも、バルドルも、
祈りも、覚悟も、
すべてが途中で凍結する。
――完全停止。
◆
それでも。
ロイは、立っていた。
いや、正確には――
“立っているという状態を、かろうじて維持していた”。
全身に、想像を絶する負荷。
骨が悲鳴を上げ、
筋肉が千切れそうになり、
内臓が“あるべき位置”を忘れかける。
(……クソ……
これは……さすがに……)
視界が歪む。
世界が、紙のように薄く感じられた。
Ωは、ゆっくりと歩いてくる。
「これが完成形だ、灰王。」
カツン……カツン……
「時間を止めるのではない。
時間という概念を、一度“閉じる”。」
ロイは歯を食いしばる。
(動け……
動け……!)
だが、足が上がらない。
思考はある。
意識もある。
それでも――
“世界に属している限り、動けない”。
Ωはロイの目の前に立った。
「君は異常だ。
だが、まだ“世界の内側”にいる。」
白い指が、ロイの額に触れる。
「ここで終わりだ。」
――その瞬間。
ロイの中で、
何かがぷつりと切れた。
(……あぁ、そうか)
世界が止まっているんじゃない。
俺が、世界に居続けようとしてたから
動けなかっただけだ。
ロイは、力を抜いた。
立つのを、やめた。
支えるのを、やめた。
「……は?」
Ωの表情が、初めて崩れる。
ロイの身体が――
“沈んだ”。
床を抜けたわけじゃない。
落ちたわけでもない。
ただ、
世界との接続が、外れた。
次の瞬間。
ロイは、Ωの背後に立っていた。
時間は、止まったまま。
Ω
「……なにを……した……?」
ロイは、ゆっくりと答える。
「さぁな。」
灰剣を、振り上げる。
「世界に居るのを……
やめただけだ。」
灰が、止まった時間の中で舞った。
Ωの背中に、
深い、一直線の亀裂が走る。
ズ……ッ
Ωは、はっきりと後ずさった。
「……不可能だ……
時間の外側は……
神話領域だ……!」
ロイは、肩で息をしながら言う。
「悪いな。
俺、最初から
“神話に入れてもらってねぇ”んだ。」
◆
カチッ
世界が、再起動する。
爆音。
瓦礫。
風。
アーク
「――ロイさん!!?」
リリィ
「Ωの……身体が……!!」
バルドルは、目を見開いていた。
「……今のは……
速度でも、時間でもない……」
Ωは片膝をつき、
初めて“明確な損傷”を負っていた。
装甲の奥で、
祝福炉心が不安定に脈打つ。
Ωはロイを見上げ、
低く、しかし確実に告げる。
「……灰王ロイ。
君は……
祝福世界の想定外だ。」
ロイは、灰剣を肩に戻した。
「今さらかよ。」
二人の間に、
一瞬の静寂。
だがそれは――
嵐の前の、ほんの間だった。




