『灰王の影』 ◆
灰色の森。
かつては豊かな狩場だったが、
今では呪いに侵され、魔物が徘徊する地。
アークの部隊は村人救助の名目で、
この森に入っていた。
「油断するな。
灰王はいつ現れてもおかしくない。」
副官ラーメルの命令に、
部隊が緊張した空気で包まれる。
アークは前方を見据えたまま、
胸の不安を押し殺した。
(ロイは、本当に……悪なのか?)
◆
突然、木々を裂く咆哮。
「魔物だ!前衛構え!!」
巨大な牙を持つ獣が飛び出し、
兵士たちを薙ぎ倒す。
「うわあああッ!」「た、隊長!!」
アークが冷静に槍を構え、叫ぶ。
「僕が引きつける!
ラーメル副官、救助を!」
槍に光が宿る。
最後の祝福の欠片。
アークが一気に踏み込み、
獣の喉元へ突きを放つ――
届かない。
獣の腕がアークの体を薙ぐ。
宙を舞い、地に叩きつけられる。
「くっ……!」
獣が止めを刺そうと迫る。
(死ぬ……!)
その瞬間。
ズンッ!!!
大地が震え、
漆黒の刃が獣の体を真っ二つに裂いた。
血が噴き、魔物が絶命する。
アークは息を呑む。
剣を構えた黒い影が、
静かに背を向けていた。
「…………ロイ……王……?」
◆
ラーメルの叫び。
「灰王だ!!!
全員、構えろ!!撃て撃て!!」
無数の魔法と矢が放たれる。
どれもロイに届かない。
彼はただ立っているだけなのに、
攻撃は灰に溶けるように消えた。
アークは声を振り絞って叫ぶ。
「やめろ!僕の命を……助けてくれたんだ!!」
ラーメルが冷徹に返す。
「助けた?違う。
囮に使おうとしただけだ!
同情するなアーク!!」
迷いが、アークの脚を縛る。
ロイがゆっくりと振り返った。
その瞳は、冷たい。
しかし同時に、
深い哀しみが宿っていた。
アークの心臓が握り潰されたように痛む。
「どうして……あなたは……!」
ロイは一言も発しない。
闇の王のように無言で剣を納める。
兵が殺到する。
ロイはそれでも――
誰一人、斬らなかった。
闇と灰の煙に紛れ、
ただ静かに姿を消した。
◆
戦いの後。
倒れた魔物。
傷ついた兵士たち。
恐怖と混乱だけが残る。
アークは拳を震わせた。
「なぜ、殺さなかった……?」
ラーメルが嘲りながら肩を叩く。
「化け物の考えることなんて理解するな。
奴はただ、我々を弄んでいるだけだ。」
アークは言い返せなかった。
だが、心の奥に芽生えた感情は一つ。
(違う……
彼は“悪”じゃない……!
少なくとも僕を救った……!!)
理想も正義も揺らぐ。
彼は知らない。
ロイが姿を消す前、
小さく呟いた言葉を。
「……自由に、生きろ。」
◆
アークは空を見上げた。
灰色の雲の向こう。
自由を願った男の背中が見えた気がした。
「……僕は……
あなたに、会わなくちゃいけない。」
その先にある答えを、
見つけるまでは。




