『悪としての自由』 ◆
黒槍隊長バルドルは、剣を真っすぐに構えた。
砕けた聖鎧の破片が、月明かりを反射して光る。
「世界の希望は、英雄ではない。
正義を執行できる者だ。」
ロイは鼻で笑う。
「正義ってのは便利な言葉だよな。
都合が変われば、いくらでも中身が変わる。」
バルドルは首を振る。
「違う。“誰かを救う意思”が正義だ。」
「じゃあ俺も正義だろ?
俺はリリィもエファトも守る。」
ロイが剣を掲げると、灰が空へ溶け出す。
「だが貴様は“世界を犠牲にして救おうとしている”。
それを悪と言わずして何と呼ぶ!」
ロイは一拍置き、静かに答えた。
「悪で結構。」
一瞬の沈黙。
次の瞬間——
◆
バルドルが地面を蹴った。
灰と光が激突し、戦場が震える。
灰の剣と聖剣が火花を散らし、
衝撃で空気が爆ぜる。
「ぬあああああああッ!!」
バルドルの一撃は、
神に捧げた祈りと、民を想う気持ちの結晶。
「お前を倒せば——皆、救われる!!」
「誰が決めた、その“皆”を!!」
ロイは吠える。
「お前らが求めるのは、救いじゃない!
——依存だ!!」
衝突の衝撃波が、軍勢ごと吹き飛ばす。
◆
リリィが両腕を抱きしめ、震える声で見守る。
(ロイ……壊れないで……
私が……守るから……!)
エファトは剣を抜きつつ呟く。
「この戦い……
どちらが勝っても、後戻りはできないな。」
◆
バルドルが距離を取り、
満身創痍ながら剣を天へ掲げた。
「祈りはまだ死んでいない……!
聖騎士の務め、ここに果たす!!」
空気が白く輝く。
祝福が消えた世界のはずなのに——
光はまだ残っていた。
ロイは歯を食いしばる。
「正気か。神なんていねぇのに……!」
「神は死んだ。
だが、神が遺した“希望”は死んでいない!!」
バルドルの体から光が溢れる。
「命に代えても——俺は貴様を止める!!!」
その目は、涙で滲んでいた。
怒りでも憎しみでもない。
「……守りたいんだな。」
ロイは呟いた。
「だがな、バルドル。」
灰の剣を構える。
「その守り方は——間違ってる。」
次の一瞬。
二人は互いの喉元を狙い、
刃を閃かせた。
カンッッ!!!
激突。
世界が震える。
◆
振り払われた光が夜空に散り、
灰の疾風が戦場を駆け巡る。
ロイの刃が、バルドルの鎧を貫いた。
「……く、そ、が……」
バルドルは膝をつきながらも、
ロイの胸倉を掴む。
「貴様の“正義”が……
いつか貴様自身を壊す……!」
ロイは掴まれた手に視線を落とす。
「壊れるのは俺だけでいい。」
バルドルの手が滑り落ちた。
◆
戦場に沈黙が落ちる。
リリィが駆け寄り、涙声でロイを抱きしめた。
「お願い……もう戦わないで……
ロイは悪なんかじゃない……!」
ロイは、ぎこちなく笑う。
「悪でもいい。
悪にならなきゃ救えない奴がいるなら。」
その瞬間。
背後から、無数の槍と魔力が向けられる。
――世界はまだ止まっていない。
そしてロイの戦いも、終わらない。
「さぁ……続きをしようか。
お前らが望んだ悪は、ここにいる。」
灰王ロイ。
世界が生み出した最悪の自由。
◆
遠い空で、黒月の欠片が輝いた。
『楽しませてくれるじゃないか、継承者よ。』
闇が、不吉に笑う。




