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『灰王(グレイ・キング)』 ◆

リリィの喉元に剣。

それだけで十分、ロイを殺意の境地へ誘うには足りた。


だが、彼は衝動で動かない。

全てを砕く力を持つ者は、

“どこへ力を向けるか”まで責任を負う。


「離せ。」


低く、落ちるような声。

仮面の男はかすかな満足を浮かべる。


「ご安心を。我々は貴方を害する気はない。

ただ――世界を導いてほしいだけだ。」


「俺が王になると言った覚えはねぇ。」


「王は“選ばれる”ものです。」


仮面の男が指を鳴らす。


轟音――

黒衣の軍勢が一斉に魔法陣を展開。


空が裂け、雷が落ちる。

戦いの意思を誤魔化す気は、一切ない。


「……交渉する気はなさそうだな。」


ロイの背に、灰の剣が浮かぶ。

圧が世界に満ちる。

勇者でも聖騎士でも感じ得なかった、圧倒的な“恐怖”。


それでも、

王家直属部隊は前へ出る。

恐れていないのではない。


恐怖を“信仰”へ変えている。


それが――一番厄介だ。



リリィを捕らえた兵士が、その首を傾げた。

「なんだ、この……重圧は……!」


リリィは怯えながらも、ロイを見た。

その背を包む黒い燐光は、もはや神話の怪物そのもの。


「ロイ……お願い、私なんか気にしないで!

逃げて――!」


「馬鹿言うな。」

ロイが笑った。


「お前を置いて、“王”になんてなれるかよ。」


一瞬、仮面の男の眼が揺れる。


(……誰かを守る王の資質。

やはり彼こそ、世界が求める器……!)



黒衣の兵が一斉に飛び込む。

だが、その刃がロイへ届く前に――


爆ぜる黒。


灰の剣が地面を叩きつけた一閃で、

世界そのものが沈んだような衝撃。


部隊ごと、地面に叩き伏せられる。


「ひ……っ」

リリィを捕らえる腕が、弾け飛んだ。

エファトが即座にリリィを引き戻す。


ロイは仮面の男の眼前に立った。

その距離、刃一つ。


「俺を王にしたいなら、

まず――俺を倒せ。」


仮面の男は、震えながら笑った。


「本当に……王に相応しい……!」


「だから違ぇって言ってんだろッ!!!」


拳が仮面を粉砕し、

男は地面に崩れ落ちた。


しかし――彼は満足げに呟く。


「灰に沈んだ世界が……

新たな王を欲している。

貴方はもう……逃げられない。」



兵たちは散り散りに逃走した。

ロイは背を向け、誰も追わない。


リリィは震える声で問う。


「……ロイは、どうしたいの?」


「……わかんねぇ。」

ロイは自嘲気味に笑う。


「俺が壊した世界の責任が、

全部俺に回ってきてる。」


呪われし者が救い、

呪われし者が壊し、

呪われし者が導き――


英雄よりも酷い呪い。


灰王グレイ・キング


その名が、

誰かの口を介し、

世界に広がり始める。


ロイは空を見上げた。

灰色の雲――曇天の王冠。


「英雄も王も、いらない。

……なのに、そう呼ばれる。」


呪いが、彼の背に重くのしかかった。



エファトは歩み寄り、ただ一言。


「逃げるなよ。」


ロイは顔をしかめる。


「逃げる気はねぇよ。

逃げたら、また同じことの繰り返しだ。」


リリィがそっとロイの手を握った。


「一緒に……変えようね。」


ロイは頷いた。


「ああ。“人の世界”を作る。」


そうして三人は歩き出す。


灰王という呪いを背負い――

英雄の亡霊と戦い続ける道を選んだ。

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