『灰王(グレイ・キング)』 ◆
リリィの喉元に剣。
それだけで十分、ロイを殺意の境地へ誘うには足りた。
だが、彼は衝動で動かない。
全てを砕く力を持つ者は、
“どこへ力を向けるか”まで責任を負う。
「離せ。」
低く、落ちるような声。
仮面の男はかすかな満足を浮かべる。
「ご安心を。我々は貴方を害する気はない。
ただ――世界を導いてほしいだけだ。」
「俺が王になると言った覚えはねぇ。」
「王は“選ばれる”ものです。」
仮面の男が指を鳴らす。
轟音――
黒衣の軍勢が一斉に魔法陣を展開。
空が裂け、雷が落ちる。
戦いの意思を誤魔化す気は、一切ない。
「……交渉する気はなさそうだな。」
ロイの背に、灰の剣が浮かぶ。
圧が世界に満ちる。
勇者でも聖騎士でも感じ得なかった、圧倒的な“恐怖”。
それでも、
王家直属部隊は前へ出る。
恐れていないのではない。
恐怖を“信仰”へ変えている。
それが――一番厄介だ。
◆
リリィを捕らえた兵士が、その首を傾げた。
「なんだ、この……重圧は……!」
リリィは怯えながらも、ロイを見た。
その背を包む黒い燐光は、もはや神話の怪物そのもの。
「ロイ……お願い、私なんか気にしないで!
逃げて――!」
「馬鹿言うな。」
ロイが笑った。
「お前を置いて、“王”になんてなれるかよ。」
一瞬、仮面の男の眼が揺れる。
(……誰かを守る王の資質。
やはり彼こそ、世界が求める器……!)
◆
黒衣の兵が一斉に飛び込む。
だが、その刃がロイへ届く前に――
爆ぜる黒。
灰の剣が地面を叩きつけた一閃で、
世界そのものが沈んだような衝撃。
部隊ごと、地面に叩き伏せられる。
「ひ……っ」
リリィを捕らえる腕が、弾け飛んだ。
エファトが即座にリリィを引き戻す。
ロイは仮面の男の眼前に立った。
その距離、刃一つ。
「俺を王にしたいなら、
まず――俺を倒せ。」
仮面の男は、震えながら笑った。
「本当に……王に相応しい……!」
「だから違ぇって言ってんだろッ!!!」
拳が仮面を粉砕し、
男は地面に崩れ落ちた。
しかし――彼は満足げに呟く。
「灰に沈んだ世界が……
新たな王を欲している。
貴方はもう……逃げられない。」
◆
兵たちは散り散りに逃走した。
ロイは背を向け、誰も追わない。
リリィは震える声で問う。
「……ロイは、どうしたいの?」
「……わかんねぇ。」
ロイは自嘲気味に笑う。
「俺が壊した世界の責任が、
全部俺に回ってきてる。」
呪われし者が救い、
呪われし者が壊し、
呪われし者が導き――
英雄よりも酷い呪い。
『灰王』
その名が、
誰かの口を介し、
世界に広がり始める。
ロイは空を見上げた。
灰色の雲――曇天の王冠。
「英雄も王も、いらない。
……なのに、そう呼ばれる。」
呪いが、彼の背に重くのしかかった。
◆
エファトは歩み寄り、ただ一言。
「逃げるなよ。」
ロイは顔をしかめる。
「逃げる気はねぇよ。
逃げたら、また同じことの繰り返しだ。」
リリィがそっとロイの手を握った。
「一緒に……変えようね。」
ロイは頷いた。
「ああ。“人の世界”を作る。」
そうして三人は歩き出す。
灰王という呪いを背負い――
英雄の亡霊と戦い続ける道を選んだ。




