『灰の時代』
空が灰色に沈んでいた。
神の光が消え去った世界は、まるで長い夜明け前のように静まり返っている。
風がない。祈りがない。
ただ――人間だけが残された。
ロイは廃墟と化した神造炉の外に立ち、遠くの大地を見渡した。
先ほどまで輝いていた大都市のバリアは消え、人々は戸惑い慄きながら空を見上げている。
「……やっちまったな。」
呟いた声は、どこか乾いていた。
祝福が消えたということは、
“生まれながらの不公平”が全て無くなったということ。
それなら喜ぶ者もいるだろう。
――だが同時に、恩恵にすがっていた者は不安と恐怖に沈む。
神がいない世界は、自由と混沌が背中合わせだ。
◆
「ロイ!」
駆け寄ってきたリリィが、勢いのままロイに抱きついた。
その体は震えている。
「無事で……よかった……!」
ロイはゆっくりと彼女の頭に手を置く。
「大げさなんだよ。俺は死なねえって言ったろ?」
「……もう怖い思いなんて、二度とさせないでよ……」
涙を堪える声に、ロイは目をそらした。
自分の選んだ“破壊”が、彼女の不安を増やしてしまったのは事実だ。
「ロイ。」
エファトが静かに歩み寄る。
その瞳は問いを宿していた。
「神を穿ち、祝福を壊したお前は――
これから世界をどうする?」
ロイは空を見上げ、少しだけ笑う。
「決まってる。」
◆
その時――周囲に人の気配が広がった。
多数の足音が近づき、ざわめきが広がる。
ロイの前に、傷ついた鎧を纏った元騎士や、街の民が集まってきた。
その顔には怒り、恐怖、そして――期待。
「神を殺したのは……お前だな。」
誰かが吐き捨てる。
「英雄なんか必要ねえよ。
だけどな……お前はどうなんだ?」
「俺たちを……導いてくれ。」
その言葉に、ロイは凍りついた。
周囲から 同じ言葉が重なる。
「英雄になってくれ!」
「頼む、俺たちを救ってくれ!」
「神の代わりに――!」
リリィの目が大きく見開かれる。
エファトは、予期していたかのように目を閉じる。
(……なんでだよ。)
ロイは拳を握りしめた。
まただ。
また“英雄”を作ろうとしている。
神を殺したという事実が、
今度はロイを新たな神に変えようとしている。
――英雄は、呪いだ。
「嫌だ。」
ロイの声は、静かだった。
だが、一切の妥協はなかった。
「俺は英雄なんかじゃない。
俺を信じて生きてたって、また同じだ。」
沈黙が落ちる。
ロイはその中で、はっきりと宣言する。
「英雄のいない世界を作る。
自分の足で立てる世界をな。」
◆
その背中には、
神を穿った者だけが背負える十字架があった。
人々は、すぐには理解できない。
だが――ロイはもう迷わない。
「行くぞ。灰の世界に、新しい“光”を探しに。」
リリィとエファトが頷く。
ロイは歩き出した。
英雄を求めた声が背後で渦巻く中、
そのすべてを振り切るように。
その歩みは、
確かに“人の時代”の第一歩だった。




