英雄、廃すべし ― 黒の夜明け ―
夜が静まり返る中、街の中心に建つ巨大な英雄像が、ゆっくりと崩れ落ちていった。
その音はまるで、長く続いた支配の象徴が終わりを告げる鐘の音のようだった。
ロイは瓦礫の中に立ち尽くしていた。
呪いの紋様が腕を這い、黒い光が脈打つ。
周囲の空気がざわめき、群衆が息を呑む。
「――見たか? あの呪いだ……!」
「呪いに魂を売った化け物だ!」
「違う! あの人は……私たちを守ってくれたんだ!」
群衆の中で、希望と恐怖が交錯していた。
英雄と呼ばれた者を討ち倒した男。
それが誰にとっての“正義”なのか、誰も答えを出せずにいた。
◆
「ロイ。」
背後から声がする。エファトだ。
彼は静かに歩み寄り、崩れた英雄像の欠片に視線を落とした。
「これが……お前の答えか。」
「違う。」ロイは短く答える。
「これは、始まりだ。英雄を“廃す”ことでしか、次に進めない。」
エファトは少しだけ目を細めた。
「……皮肉だな。英雄を討ったお前自身が、今は英雄と呼ばれている。」
ロイは苦く笑う。
「それが一番の呪いだよ。」
◆
そのとき、遠くの空に光が走った。
夜空を裂くように、青白い稲妻が落ち、地平線を照らす。
――そこに、神の紋が浮かんでいた。
「見えるか、ロイ。」
エファトの声が低く響く。
「“上”が動いた。お前が英雄を討ったことで、神が次の手を打つ。」
「……上、ね。」
ロイの瞳がわずかに赤く光る。
「なら、俺も行くしかない。神が英雄を作り続けるなら、俺は――壊す側に回る。」
リリィが泣きそうな声で叫んだ。
「ロイ、もうやめてよ! あなたまで壊れてしまう!」
ロイは振り返らずに答えた。
「大丈夫だ。俺は壊れない。だって……俺は最初から壊れてたから。」
呪いの光がロイを包み、彼は瓦礫の中からゆっくりと歩き出した。
その姿を、誰も追えなかった。
彼が向かう先は、神の領域。
英雄を廃し、神話を穿つための“戦い”が、今、始まる。
◆
夜明け。
崩れた像の影の中、ひとりの子どもがロイの落とした剣を拾い上げた。
その刃にはまだ、黒い呪紋が淡く光っている。
「……呪いって、綺麗なんだね。」
その無垢な声が、静かに風に溶けていった。




