第1章:異世界チュートリアル終了、現実が始まる
第1章:異世界チュートリアル終了、現実が始まる
その6:猫と少女と、古本屋の謎
掲示板から紙を剥がすと、まるでその瞬間を待っていたかのように、背後から声がかかった。
「その依頼、受けてくれるんだね?」
振り向くと、そこには赤毛のポニーテールの少女が立っていた。歳は英傑と同じくらいか、少し下か。黒い旅装束に、腰には軽そうな短剣。瞳は鋭く、でもどこか寂しげだった。
「えっと……君が依頼主?」
「うん、猫は私の友達。名前は“フラグ”。」
「……不吉すぎるだろ、その名前」
少女の名前はセナ。ム・センナ王国のとある町“ロエン”の古本屋〈霧の蔵〉で働いているという。依頼は、その近所から突然姿を消したフラグを探してほしいというもの。
「この世界、猫って普通にしゃべったりしないよな?」
「ううん、フラグは普通の猫。……たぶん」
「たぶん、ってなんだよ」
セナと共に路地を抜け、石畳を下った先に、問題の古本屋はあった。木と石が組み合わさった古びた建物。看板には「〈霧の蔵〉」と手書きで書かれている。
中に入ると、ほんのりと紙の匂いと、微かな獣の気配。
「ここに住みついてたんだけど……3日前からぱったり姿が消えたの。で、昨日、これが投げ込まれてた」
セナが差し出したのは、猫の毛が1本と、小さな手紙の切れ端。
『知りたければ、影の市へ』
影の市――それは、正規の街とは別に、夜の帳が落ちた後に現れる“裏の市場”のことだった。
「そもそも、なんで猫一匹探すのにそんな物騒なワードが出てくるんだよ」
「わからない。でも……この猫、ただの猫じゃない気がするの。ときどき、うちの店の魔道書を読んでるし」
「読んでるって、どうやって?」
「……めくってた。前足で」
英傑は頭を抱えた。やっぱり普通じゃなかった。
「報酬は……私の持ってる“あるもの”を渡す。価値は保証する」
「その“あるもの”って?」
「実は……異世界の文字を自動翻訳する“紋章石”。」
「今すぐ行こう、影の市」
その7:影の市にて、夜が呼ぶ
夜、二人はロエンの城壁近く、ひっそりとした地下階段を降りていった。入り口の見張りに、セナが見せたのは黒い羽根の印――裏通行証らしい。
地下に広がっていたのは、闇に咲く花のような不気味な熱狂だった。奇妙な生物を売る屋台、魔法薬を試飲させる老婆、違法魔具を並べる無口な男。
その一角で、英傑は“ある気配”を感じた。視線の先に、檻の中で丸くなっている白い影――
「フラグ……!」
叫んだ瞬間、セナが飛び出した。だが、同時に数人の男が現れ、彼女を取り囲む。
「困るな、勝手に連れて行こうなんて」
黒ずくめの男が嘲るように笑う。
「その猫は、“古代語の呪文を理解する個体”として高額で売れるんだ。素性を知って、ただで返せると思うな」
英傑は、震えながら剣を抜いた。まだ実戦経験はゼロ。筋力不足。けれど、ここで動かなければ、自分は“何も変われない”。
「だったら……力づくで取り返す!」
その声は、震えながらもはっきりしていた。
セナが振り向き、目を見開いた。
「英傑くん……」
その瞬間、背中のロングソードが淡く光り出す。あの“契約の水晶”の輝きが共鳴していた。
――いま、少年の中の“何か”が目を覚ます。
つづく